■- 報告 − IBITAオランダ紀行2009 (一部小室インストラクターによる報告を含む)

平成21年10月  山梨リハビリテーション病院 理学療法士 伊藤 克浩

 今年もIBITA国際会議に行ってきました。毎年紀行文を書いていますが今年も写真で綴ってみたいと思います。解説文は敬称を略させて頂いています。
 日本からは北から新保夫妻・保苅・伊藤・山本・高村・大槻夫妻・野頭・紀伊夫妻・土井・寺澤・小室・赤松の15名が参加しました。
 また、このIBITA国際会議オランダでは成人アドバンスインストラクターとして新保松雄(順天堂医院)が国際承認されました。  



2009年9月20日
 伊藤・山本・高村・野頭は成田前泊し今年も前夜祭。今年はカニ食べ放題ではなく中華を頂いた。

2009年9月21日
 成田空港で大槻夫妻・保苅と合流。成田組は7名で出発。KLMオランダ航空のチェックインはかなり早い時間にできる。荷物を置いて午前中から生ビール を一杯!。もちろん時差ボケ防止に機内でしっかり寝るためである。
 確認したら今年もJAL・ANAがKLMオランダ航空とはコードシェア便ではないらしくマイルは貯まらないそうだ。おしいな。
 11:05KLMオランダ航空にてアムステルダムスキポール空港へ。
 11時間15分のフライトを終え空港に到着、セキュリティや入国審査は簡単に済んだ。
 機内はまずまず快適で日本ではまだやっていない映画を何本か見ることが出来た。

写真:ホテルの外観。



2009年9月21日
 7人乗りのタクシーでアムステルダム市内のホテルへ移動。王宮の近くで運河の中の雰囲気のあるホテルだ。そこで関空から搭乗した土井・赤松・小室・寺沢らと合流。しばし休憩の後、裏通りのレストランで先着組はビールをいただいた。そのレストランのビールは特別なものとは感じなかった。オランダといえばハイネケンだがその日は別のビ−ルを頂いた。

2009年9月21日
 6時半に紀伊夫妻・新保夫妻・散策に行っていた大槻夫妻が合流して初日の夕食会。私は牛ステーキのコースをいただいた。牛肉も特にふつうの牛肉だった。新保・紀伊夫妻は2日前にベルギー入りして観光後我々と合流した。珍しく時差ぼけして頭がふらついていたのでその日はそのまま就寝した。

写真:夕食の牛ステーキ



2009年9月22日
 早朝目が覚めたので付近を探索。ホテルから運河沿いに王宮へ。西教会、アンネの日記のアンネフランクの家を徒歩で巡ってみた。
 みんなオランダ時間に慣れないのか行く途中で寺澤・大槻夫妻と遭遇した。

写真:中央が王宮側から見た西教会。その裏にアンネフランクの隠れ家がある



2009年9月22日
 その後、朝からバスをチャーターして一日観光。オランダ在住の若松さんという人にガイドをお願いしてあったので案内してもらい市内を回った。
 まずは車窓から市内を見学しながら国立美術館へ、フェルメール・レンブラントの代表作をみた後、ゴッホ美術館へ行った。
 下の方の写真を見てもらうと分かるが今回デジカメで撮った画像はフェルメールを見ているときにガイドの若松さんに教えてもらった手法(地面や海は下1/3・ 空2/3)に従っている。オランダの風景を撮るときは雲や風、そして雲の切れ間から差し込む光が特徴的なので、そうすると風景がオランダらしくなるらしい。

写真:国立博物館の前で紀伊シニアインストラクターと



2009年9月22日
 写真:ゴッホ美術館の前で 前列左から小室・山本・新保・紀伊夫人 後列左から伊藤・野頭・保苅・大槻・土井・大槻夫人・新保夫人・寺澤・紀伊



2009年9月22日
 昼食はホテル近くの郷土料理のレストランで頂いた。前菜は豆のスープ、メインは豚肉のステーキだった。
 豆のスープはおいしかった。オランダの料理もフィンランド同様特に特徴的な物はないらしい。スープと肉類、パン、野菜という組み合わせだ。



2009年9月22日
 郷土料理のレストラン店内。地ビールでアルコール度数9度のものを注文。午前中にバスで回っているときに若松さんに教えてもらった市内の風車を利用して ビールを作っている工場の物らしい。おいしかったが昼から酔っぱらってしまった。
 観光客も次々と沢山来ていたので郷土料理では有名なようだった。

写真:紀伊・新保夫妻と若松さん



2009年9月22日
 午後からまずは花市場へ、チューリップの球根が多数売られていた。日本へは検疫を受ければ99個まで持ち込めるとのこと。
 どこからか「九十きゅうこんまで持ち込める・・」
 今年もインストラクターのだじゃれがとびかいはじめた。(笑)

写真:ほとんどのお店にお土産用マグネットと球根が山積みに



2009年9月22日
 その後アムステルダム中央駅側の波止場から遊覧船で運河をクルージングした。
 一度内海(せき止められて淡水化されているらしいが)に出て関空も手がけた有名なデザイナーの建物などを見た後運河を巡った。



2009年9月22日
 運河に架かる橋が幾重にも見える絶景ポイント。運河の縁は車止めがなくて良く車が落ちるらしい。



2009年9月22日
 アムステルダムは住居の数が少なくボートハウスに住んでいる人も数多くいるとのこと、船は水道やガスまでつながれていて住所もあるので動けないと説明されていた。
 デッキでひなたぼっこをしている人を見て「優雅で良いな・・いつか老後に自分もボーっとしてみたい」と思ったが物件が出ても二億円くらいするらしい。ちなみに売り家や売りボートには「TO KOOP」と 書かれてある。オランダ語で販売中という意味らしい。




2009年9月22日
 買い物を終えてひと休みした後、イタリアンレストランで夕食。前菜だけでもかなりの量があったのにパスタとピザを注文。少し頼みすぎたようだ。その日はそのまま就寝。かなり歩いたので足にこたえた。  誰かが店外にたばこを吸いに行った際にアラブ人がいて「自分は石油王だ日本にも行ったことがある」と近づいてきたらしい。石油王ならもっと上等なお店に行きそうな ものだが・・。



2009年9月23日
 観光二日目。
 朝9時集合でバスに乗り込みザーンセ・スカンスへ。風車がきれいに立ち並ぶオランダらしい風景がすばらしかった。  木靴工房では木靴を作るところをみることができた。  合い鍵を作る要領で隣に置いた完成品の木靴をなぞるセンサーに合わせて機会が靴を彫り上げていく。  履いてみたがあまり長距離歩くのには向いてなさそうだ。機械作業するときには足の上に物が落ちても怪我しないので今でも重宝されるそうだ。

 ※紀伊シニアインストラクターはこの日からシニアミーティング。



2009年9月23日
 風車はすでに干拓のためには使われておらず現在は蒸気などで行っていて、残っている風車は観光用で絵の具等を作っているらしい。
 まさにオランダらしい優雅な風景である。やはり空2/3で絵を描くとオランダらしくなるというのがよく分かる雲や空の具合だ。



2009年9月23日
 風車をバックに集合写真。風が強く肌寒かった。

※トイレは使用料50セントコインが必要なので一人で観光に行くときは忘れずに。また、駐車場のビールの方が中の売店より値段が高いので注意。



2009年9月23日
 次にフォーレンダムという漁村へ。湖というか港をせき止めて作った広大な人工湖のほとりの村だ。人工湖なので波がないのがわかる。



2009年9月23日
 フォーレンダムで集合写真。干拓のため港をせき止め淡水化された入り江は水平線があるほど広い。
 映画で見る海賊船のような船が出ていた。



2009年9月23日
 町自体は小さな漁村。昼食を取ったホテルはリゾートホテル。長期滞在してのんびりしたいいい場所だ。



2009年9月23日
 昼食はそこで鱈のフライをいただいた。
 通りにもムール貝やエビのフライが量り売りされていておいしそうだった。



2009年9月23日
 その後、エダムの村へ移動。町の中を歩いて散策した。オランダの有名なゴーダチーズ以外で唯一チーズを精製している町並みのきれいな村だ。



2009年9月23日
 エダムのチーズ測量所跡。現在はお土産屋さん。



2009年9月23日
 その日の観光は終わりAGMの会場であるハーレム地区へ移動しハーレムZUIDホテルへチェックインした。その日はメンバーでウェルカムパーティー。一年ぶりに他国のメンバーとの再会を喜び合った。カードのパンチ穴を読んで演奏するオルゴール等でもてなされた。

写真:オルゴールを弾く紀伊シニアインストラクター



2009年9月23日
 オランダのメンバーによる歓迎



2009年9月24日
 到着二日目は朝から教育セッションでクワッケル博士達の講演が行われた。

 森之宮病院 作業療法士 小室幸芳氏報告(教育セッション・ワークショップ詳細版)はこちら



2009年9月24日
 終了後ハーレム駅周辺に食事に行くことになりバスで移動。乗り方がわからずバスの後ろから乗った。 駅についてお金を払おうとしたら運転手さんが「お金は次回でいいよ」とただで乗せてくれた。 どうやら本当は前から乗って先に料金を払うシステムだったらしい。

駅についてレストランを探して回ったが大人数で入れる場所が見つからずまたしてもイタリアンレストランへ。 普段大勢お客が入ることが無いお店らしく我々が入ると電話で家族を呼んでいるようだった。ビールも買い置きがないらしく 何本か頼んだら外に買いに行っていたのには驚いた。 パスタやピザはまあまあおいしかったがすぐに出てきたので「オーブンで焼くだけの冷凍ピザかもしれないね」という話になった。



2009年9月25日
 朝からワークショップが行われた。上肢の治療についてまず症例が紹介され、電気刺激、体幹・上肢の直接的治療、10日間のCIMTの三つのうち一つのグループに分かれてそのグループを選んだ理由・治療根拠・エビデンスについて話合いが行われた。紀伊・石田・保苅と私は直接的治療を選んで話合いをしたが、翌日の会議でオランダの動議を通す為のコースの内容紹介などが折り込まれており教育的な意味合いが少ない印象を受けた。



2009年9月25日
 午後からはオーストラリアのキム・ブロック女史らによるEBM委員会主催のプレゼンテーションが行われた。既存のボバースコンセプトに関するRCT等は前日のクワッケル博士らも提言されたとおりNDTといってもその基準が明確でなく優位な差が認められないスタディが多い。キム・ブロック女史らは経験豊かなボバースセラピストをアドバンスボバースセラピストとし、きちんとしたボバース治療をした群との比較においてEBMを出していく方針のようだった。



2009年9月25日
 教育セッション二日目終了後、その日はバスで黒海を回った後、小高い丘のレストランでIBITA結成25周年記念パーティーが行われた。スライドでは紀伊シニアインストラクターを含めた発足当時のメンバーの映像や大阪IBITAの様子も映し出され、皆当時を懐かしんでいた。



2009年9月25日
 パーティ会場についたらまずは外で乾杯。日も暮れて非常に寒かった。  日本人グループは寒いので早く建物に入ったおかげでスライドを一番前で見ることが出来るいい場所をゲット。



2009年9月25日
 昔のIBITAメンバー。ボバース夫妻、紀伊シニアインストラクターも写っている

原盤はこちら



2009年9月25日
 大阪IBITAの様子も映写された。

写真:左から紀伊・シーナ(南ア)・梶浦・ミッシェルガーバー(スイス)



2009年9月26日
 AGM(定期総会)、オランダが独自に行う240時間(ホームスタディ含)の講習会「神経リハビリテーション/脳卒中」をIBITA認定基礎講習会として認めて欲しいという議題が中心であったが反対多数(88名)で否決された。私の印象ではEBMに基づいて大学やリハドクターと提携することには他国のメンバーも皆賛同するが、肝心なボバースコンセプトの部分で「発病8週までは脳の回復に働きかけ、発病6週目以降は代償動作を許した課題指向型アプローチに切り替えてADLを獲得することがエビデンスに基づいている(6〜8週目までは重複)」というオランダーメンバーの主張に反対する国が多かったと感じた。   その他、新保松雄JBITA議長がAC(アドバンスコース)インストラクターとして国際承認され、委員の選挙では古澤正道ACインストラクターが発展途上国委員会改めボバース普及委員会(Bobath Development Committee)に当選した。



2009年9月26日
 その日は皆疲れていたので会場のホテルで夕食、ムール貝など海の幸を堪能した後、部屋に戻って旅の余り物など持ち寄り、ワインを頂きながら反省会を行った。



2009年9月27日
 帰国する日の朝。朝からハーレム市内の観光、会場から徒歩でバーフォ教会周辺へ。



2009年9月27日
 バーフォ教会はモーツアルトも子供の時に弾いたことのある世界有数のパイプオルガンがある教会。教会を一周したが日曜日で公開されていないとのこと。有名なパイプオルガンを見るのをあきらめかけていたが大槻・山本らが神父さんに少しで良いので中を見せて欲しいと交渉したところ「日曜礼拝が始まる前の5分だけなら良いよ」と言ってもらえて急いで全員中に入りパイプオルガンを見せてもらった。その後、回りの町並みを散策しながらAGM会場のホテルへ戻りチェックアウト。



2009年9月27日
 ホテルのフロントから大型タクシーを11時半に呼んでもらいスキポール空港へ。チェックアウトを済ましてお土産を買って昼食。スキポール空港は寿司バーとラーメン屋さんがあるので有名である。



2009年9月27日
 私はラーメンを頂いた。醤油味のシンプルなものだったが久しぶりに食べる日本のラーメンはとてもおいしかった。
2009年9月27日
 飛行機の不具合で出発が1時間以上も遅れたが10時間以上かけて成田へ。今年は帰りも時差ぼけがひどくて着いてからもふらふらした感じがした。山梨へは乗り捨てのレンタカーで帰宅。15時頃到着。来年はブラジル(サンタカタリーナ)、次の年からは順にオーストリア(ウィーン)・ベルギー(ルーバン)・カナダ・イタリアがAGM開催予定地となる。