上級講習会報告「身体のPostural control and balance control」講義ワークショップ・デモ編
上級講習会IN天草病院(AC報告)
成人片麻痺上級講習会報告 2009年5月
講師:紀伊克昌・大槻利夫・新保松雄
会場:天草病院
報告者:リハビリテーション天草病院 江連亜弥/東京都社会保険医療公社大久保病院 児玉直子
文責:大槻利夫
はじめに
2009年5月13日~17日に、リハビリテーション天草病院にて大槻利夫先生による成人片麻痺上級講習会が開催された。今回は大槻先生が上級講習会インストラクターになられた最初の講習会であり、シニアインストラクターの紀伊克昌先生、上級講習会インストラクターの新保松雄先生、オブザーバーとして基礎講習会インストラクターの伊藤克浩先生という豪華な顔ぶれが揃っていた。受講生は14名が参加した。
テーマは、身体のPostural control and balance controlで上肢機能や歩行の改善に結びつけてという内容であった。プログラムは講義、実技、治療実習があり、全てのグループにおいてワークショップが設けられていたことが特徴であった。
大槻先生 講義(5月13日)
<コンセプト>
まず、今回の講習会のコンセプトは「参加(participation)」であり、①患者さんが自身の身体に気づき、積極的に治療に参加すること②受講生も受け身(トップダウン)ではなく、積極的に講習会に参加し、講習会をインストラクターと共に作っていくこと③ICFに基づき、常にADLに結びつけた治療/管理を行っていくことの3点を挙げていた。
③の管理(マネージメント)は24時間の中で、リハビリ以外の生活の時間をどう治療的に使うかを提示され、自主トレーニングやADLの中で気をつける点なども治療中に指導する重要性を述べていた。
<ボバース概念の昔と今、これからのボバース概念はどうなるのか?>
ボバース概念におけるセラピストの認識やエビデンスについて、TysonやKollenの論文より、ボバース概念は世界中で最も用いられている治療アプローチだが、ある一部を除いてボバースアプローチが他の治療に比して優れているという証拠はないということ、また治療アプローチは包括的であるため、現状のリサーチではエビデンスになりにくい側面を持っているということであった。
また、今までのボバース概念とこれからのボバース概念について、Maystonの論文を紹介した。ボバース夫妻のボバース概念はCore Bobathとされ、①上位運動ニューロンの機能障害患者のために発展してきたもので、②特異的で不規則なパターンは修正、制御されるべきであるが患者個人の日常生活への参加を犠牲にしてはならないものであった。また③促通の技術を用い最適な筋活動を得て、患者の正常な選択運動により特異的で不規則なパターンを減少させることにつながり、痙縮による過緊張は患者がセラピストとともに治療に参加することで制御できるようになるもの、④治療は運動の問題だけでなく感覚、知覚、適応性のある動作に関係し、治療は多数の学問領域からなるもの、⑤治療は管理であり、全ての治療は日常生活の活動へ役立つ方向へ向けられるべきであるものであった。今回の講習会のコンセプトでもある「参加」の重要性は、当時でさえボバース概念に必須であった。
しかし、ボバース概念は広く実行されてきたが、実際には現在のボバースコースの内容の変化、近年の運動制御や神経可塑性に関する研究・文献の普及により、ボバース概念は発展し、そして変化してきたという事実は残る。ボバース夫妻から直接指導を受けたインストラクターは数少なく、そのまた弟子たちによって世界中で教えられ、解釈も人により異なり、リハビリテーション社会を困惑させてしまう傾向がある。
Maystonは個人的にはボバース概念は変えるべきではないが、ボバースだけでは神経リハビリテーションの患者に完全な治療を提供できないことを認めなくてはならないと述べている。これは、筋力増強訓練はエビデンスがあるからといってボバースアプローチに付け加えるということではなく、ある時、ある段階で、ある個人において必要であれば他の介入(筋力増強訓練、補装具、トレッドミル、ロボティクスなど)を用い、患者の管理を完全にする補完物とすれば良いと言うことである。その為、他の介入方法が好ましいこともあるということを認めながらも、ボバース概念の核心が揺らぐことはないのである。
これらのことより、これからのボバース概念は「ボバースを基盤としたアプローチ」として提案していくことがよいであろうということであった。(江連亜弥)
紀伊先生講義(5月13日)
(Berta Bobathの「片麻痺の評価と治療」について)
core Bobath Berta Bobathは、姿勢トーン、相反神経支配、姿勢・運動パターンの説明にBernstein N(1967)のThe Co-Ordination and Regulation of movementsとSherrington C.S(1947)のThe Integrative Action of the nervous Systemの文献を活用していた。早くからBerta BobathはBerstein問題に取り組んでおり、Berstein問題におけるシナジーをパターンに置き換え、エングラムを選択運動としていた。Sherrington C.Sの文献からは、姿勢は運動に影のようについてきて、正常な運動には正常な筋トーヌスが必要であると引用していた。
Berstein問題とは、人間がテーブルの上のりんごを取るという随意運動において、多くの自由度を有する筋骨格系が中枢神経によって見事にあやつられ、滑らかでやわらかい運動が実現されるというものである。この際、人によりパターンや軌道も異なり、関節角や筋張力の組み合わせも無数に存在するが、ある一つの最適な組み合わせが選択されるというものである。また、ある随意運動の際に一つ一つの筋への運動指令が脳内で別々にスイッチされているならば、多関節の多様な運動を瞬時に行なうことはできず、Bersteinは運動全体の抽象的な形での記憶が脳に蓄えられていると考え、これをエングラムと呼んでいた。Kottkeはこの概念をリハビリテーションに適応し、多くの筋群への一連の運動指令パターンをエングラムと定義した。
(運動学習とエングラム)
小脳皮質は、学習が可能な神経回路の集まりであると考えられている。運動中の学習によって小脳は、筋骨格系への入出力の関係(運動指令とその結果生じる軌道との関係)の情報を蓄える。このような、小脳内に保持される運動指令と筋骨格系の情報は内部モデルと呼ばれ、運動指令から軌道を出力する神経回路を順モデル、逆に軌道に見合った運動指令を出力する神経回路を逆モデルとよぶ。
Kottkeは運動学習において、エングラムの強化が重要であるという仮説を提案してきた。運動学習はmovement(動き)の学習とprocedure(手続き)の学習に分けられ、movementの学習には内部モデルを含む小脳を中心に大脳皮質と小脳との相互作用で行なわれる。小脳において目標軌道が各筋群への運動指令に変換されるという点でエングラムは小脳に蓄えられていると考えることが出来るということだ。
(選択運動)
IBITAの定義では、選択運動は安定性に基づく適切な筋活動で一つの関節単位かセグメントの分離した、選ばれた運動を意味するとされている。
以下に3種類の選択運動(Selective Movement)について説明する。
- Dissociated movements:四肢に対する体幹の可動性と安定性を改善する為の運動を課題とし、Dissociated movementsの背景には、体幹コントロール、頭部コントロールの神経性・非神経性の良好な状態が必須条件である。(コアスタビリティの活性化、Mass patternの解離、正中位の知覚、垂直軸・水平軸の認知)また、上肢、下肢運動に先行する体幹の同側性、対側性、両側性活動が近位部周囲筋群へ波及することである。
- Isolated movements:機能的課題に向かって上肢、下肢の複合的構成要素を改善させる為の運動学習とされ、セラピィでは上肢または下肢のプレーシングから、中間関節と遠位部運動を多様に組み合わせる。短縮筋に対しては十分な長さ、不正列な捻転には中間位への回旋運動誘導、二軸性筋肉特性の回復など、全ての筋肉の変位を修正(リアライメント)することが必要である。また、セミオートマチック、セミオートボランタリィのどちらかで適度な意識参加で方向性・スピード・タイミングを学習していくものである。
- Independent movements:セラピスト操作を離れて学習した運動を、自発的に再現できるように誘導する。先行する姿勢調節、遂行中の姿勢制御、運動の方向性、スピード、タイミングの正確さを追及する。また、部分課題(part task)構成要素の即時改善を積み重ねて、全体課題(Whole task)すなわち機能目標に到達することである。Hands offセラピィだが、あくまでもコントロールを課題にするものである。
これらを使い分け、患者さんに見合ったレベルの選択運動を求めていく必要がある。
(4つのAと3つのC)
紀伊先生は患者さんを「読む」為に、4つのAと3つのCで推測し、治療を進めていく重要性を述べていた。治療実習やワークショップでも頻回に出てきた言葉であった。
- Arousal:脳幹レベルで目覚めている最低限の目覚め。
- Awareness:内部環境の変化に気づく。
- Alert:学習への気構え
- Attention:外部環境のイベントや変化に注目。興味も含まれる。
- Conscious:大脳皮質レベルで意識化。
- Cognition:論理的理解および認識。知識も使う。いつまで入院して何を達成すれば家に帰れるかなど。
- Concentration:課題遂行への集中。
これは、上から下への一方向で考えるのではなく、AwarenessやAlertのためにConcentrationを使うなど、患者に合わせ覚醒度を推測していく必要がある。(江連亜弥)
新保先生講義(5月14日)
「Core Stability and Balance」
Core Stability:主にスポーツ領域、腰背部痛予防でその重要性が論じられ、発展してきた。そこで論じられているのはCore Stabilityにより近位部の安定を得、脊柱の荷重は最小にして、末梢の機能を最大にする腰椎・骨盤状態のことである。
しかし、神経科学領域において、その概念は広く議論されており、定義づけや研究調査はされていない。
現在の神経学的なセラピストの臨床上の仮説では、神経学的に損なわれた個人のバランス回復にCore Stabilityが重要な役割を果たすということであり、Core Stability=バランスといっても過言ではない。しかし、良質の証拠を通してまだ示されてはいない。
Core Stabilityは多関節運動連鎖の構成要素として、不安定な力に先行・応答し、筋骨格のコアの協調された、活性化の連続であると考えられる。
Human Balance:ヒトのバランスは前庭、視覚、体性感覚、筋骨格そして認識システムの統合を必要とする複雑な多次元概念であり、個々の目標や個人環境に合わせて平行を維持するために不安定な力に先行・応答しすばやく効率的に行われる。
Core Stability& Human Balance:多関節運動連鎖の姿勢制御が体幹と下肢の小さい振幅運動を取り入れる神経筋制御戦略によって維持された「安定性」と「可動性」の組み合わせとして構成されていることが示唆されている(Hodges et al 2002)
Postureには抗重力コントロールと知覚と動作のインターフェースという2つの重要な機能がある。姿勢は個人、環境、タスク間の相互作用から生じる運動スキルとしてみることができる。
Postural control
Posture stability :stability limitsは固定されるものではなく可変的であり、バランスに繋がるものである。
Posture stabilityはstability limitsを超えて、支持面上で変化を伴いながら身体の中心を維持する。Posture stabilityがあってPosture orientationがある。例えばサッカーボールの上に足を置いてボールを維持するときはstabilityよりもorientationが主役となる。
Postural orientation:多重感覚により、重力に抗して垂直方向を維持する。
外部世界との間で、知覚と行為のためのリファレンスフレームを作りだし、身体間のアライメントを保ち身体と環境の適した関係性を維持する。
Postureを変えるタイミングや効率性を誘導する。
神経骨格筋の側面 ―core stability―
Core Stability muscleは多裂筋、腹横筋、腹斜筋、近位部ハムストリングス、大腿四頭筋、腓腹筋、ひらめ筋である。core stabilityはcentral girdleでもあり、多裂筋、腹横筋、腹斜筋の3つのコンポーネントからなる同時活動をいう。患者では発火しにくい。
大腰筋後部繊維も加わる。皮質神経支配が少なく、姿勢神経支配が高度に発達している。
負荷が加わると、まず早い運動単位が動員され、遅い運動単位が追って動員され、協同的安定が起こる。
多裂筋は分節的安定装置として作用していると理論づけられており、小さなテコのため粗大運動ではそれ程大きくはかかわらない。多裂筋、棘筋、半棘筋などの多関節筋群は「力」依存性であり、筋の長さが伸びただけでは発火せず、筋が収縮しないと発火しない。平衡維持に働く。棘間筋、横突間筋、回旋筋は「長さ」依存性である。
腹横筋は骨盤底筋群、腹筋群と同時に活動することで腹圧を高め、胸腰脊椎部の筋膜張力を高め、脊柱の負荷を軽減する。腰椎スタビライザーとなり腹斜筋、腹直筋の運動を保障する。
手の小さい筋は手の姿勢背景となり、個々の指の動きや緻密な運動コントロールを提供するし、足の小さい筋群は身体の平衡を維持するように安定させる機能がある。背筋の小さい筋群は体幹のpostural controlやcore stabilityにおいて重要となる(Bente Gjelsvik:The Bobath Concept in Adult neurology 2008)
腹内側系が休まずに働き、背側系の細かな動きを可能としており、四肢の動きをよく使うことが良いcore stabilityをつくる。良いpostural control 、postural setが良い気づき、身体図式を作り出しcarry overにつながる。
実技:Core Stabilityの評価としてKiblerテストが行われた。よいCore Stabilityが得られると、one leg standingの際には立脚側の上肢がfreeになれる。
- ①片脚立位となり同側の腕はリラックスさせる。
- 立ち足の前の床に遊脚側の手を伸ばしていく
- 手を床に置く
- 頭を下げる
- はじめに頭を上げないで立ち上がる(児玉直子)
ワークショップD SV大槻先生
<症例紹介>
65歳男性。脳出血(右被殻)左片麻痺、構音障害。合併疾患として冠動脈バイパス術後、2型糖尿病、高血圧。既往歴として、心筋梗塞、脳梗塞右片麻痺。
ADL:食事自立。起居動作手すり使用にて自立。T/Fは手すり使用にて軽介助~監視。歩行は4点杖とSLB使用にて中等度介助。
<目標>
T/F時、麻痺側下肢の屈曲での引き込みが強く、介助が必要。その為、引き込まれずに、下肢が接地した状態でのT/Fの獲得を目指す。
<評価及び治療展開>
「T/F時の麻痺側下肢の引き込みは、何が原因で出現しているのか」という問題に対し、座位姿勢や非麻痺側上肢の手すりへのリーチを評価した。座位の中では、体幹の伸展は比較的上手く、むしろ骨盤の後傾の方がケースにとって大変であった。また、非麻痺側上肢を手すりへリーチした際には、背部と非麻痺側上肢の過剰連結と短縮により、上肢の分離運動が困難で、体幹から覆いかぶさるように一塊で手すりへのリーチを行っていた。ケースの特徴としては、自分から動ける範囲が少なく、使える部分の固定を強めながら狭い範囲で動いているという事であり、治療としては「ご本人が動けるところを教えてあげる」ことを念頭におき展開していった。
はじめは、背臥位で大の字になり身体のフレームを確認しながら非神経学的な可動性の問題を解決していった。可動性が出てくると、低緊張の問題の方が強く見えてきた。既往歴の右片麻痺の影響もあり、体幹は両側ともに不安定であった。次に非麻痺側への寝返りを行い、麻痺側の上肢と肩甲帯、下肢からアシストしながら、ご本人にも一緒に動いてもらった。端座位をイメージして上肢をたたんでから伸展していく練習や股関節を動かす練習を行った。SVからのアドバイスとして、低緊張の部分は体が気づいていないことが多く、声かけを考慮するようにとのことであった。はじめから、「股関節を動かして」などと言わずに、「ここを動かして」など、ご本人に考えさせて、分かるようになったら部位を明確にした方が良いとのことであった。
はじめは、パターンが強く、短縮など二次的な要素も多く見えたケースであったが、体を緩めながら動ける範囲が拡大していくことが大きな変化点であった。今回のワークショップでは、持っている潜在能力が、努力・固定により打ち消されていたが、本人の参加による気づきで能力が使えるようになっていた。治療後のT/Fでは、屈曲の引き込みが軽減し、下肢が接地した状態で立位をとり、手すりから手を離して自ら体を揺すりリラックスして重心移動を行っていた。
ワークショップE SV新保先生
<症例紹介>
71歳男性。アテローム血栓性脳梗塞(脳幹)左片麻痺、嚥下障害、構音障害。
ADL:起居動作自立。移乗動作は監視から軽介助。歩行は4点杖とSHBにて軽介助。失調があり両側共にバランスを崩す。随意性は向上してきているが上肢は屈曲パターンになりやすく、肩と手関節に痛みがある。
<目標>
移乗動作の自立(安全面の配慮含め)。裸足歩行監視レベル。上肢の痛みの軽減。
<評価および治療展開>
ケースは非常に協力的であるが、自分の身体に対しての興味や自己解決能力の低下が伺え、「体で困っていることは無いが、セラピストに言われた事は頑張ります」との発言に問題を感じた。治療はケースと一緒に問題を共有し、ゴールに向かっていくことを意識した。身体機能の肯定因子としては、四肢の随意性があるということだが、その動きの背景となる姿勢制御は体幹両側のコアスタビリティの低下と非麻痺側上肢、腰背部の固定があり、正中軸も大きく左へ偏倚していた。インストラクターからの治療の注意点として「呼吸やCPGなど脳幹の障害ということを常に考えて進めること」「網様体がoffにならないように進めること」「4つのAと3つのCを上手く使い分けて進めること」の3点を指摘された。はじめに座位にて、体幹に安定を与えて伸展を保持しながら、麻痺側上肢で輪投げをとる課題を行なった。この際、輪を出す位置に注意し、輪に集中(3つのCのconcentration)させた。上肢はハンドリングでアシストし、肘には分離運動が入るように誘導し、リーチのときに呼吸が止まらないように留意した。次に、立位で両上肢を交互に使い、輪の受け渡しを行なった。ある程度スピードをつけCPGを意識した。この活動の際にも体幹がoffにならないようにハンドリングでコントロールが必要であった。このままのイメージで歩行も上肢の交互誘導と体幹からのハンドリングでスピードを上げながら行なった。最後の移乗動作では安全面に配慮してゆっくりと動作が行えるようになっていた。今回の治療のように4つのAの気づき(awareness)のために3つのCの集中(concentration)を使うことと、リーチという課題に対してのPostural orientationが変化することで、本人の気づきが変化していくということを感じた。
ワークショップF SV紀伊先生
<症例紹介>
64歳男性。脳出血(左被殻・放線冠)右片麻痺。感覚障害あり。
ADL:病棟内ADLは入浴も含め自立。院内歩行も階段使用し、自立レベルだが、方向転換時に麻痺側足部が内反しバランスを崩すことがある。屋外歩行も可能だが、草などに足部を引っかけてしまうことがあり、転倒のリスクがある。
<目標>
歩行時の内反の軽減。体幹の選択運動を引き出し、バランスへ繋げる。
<評価及び治療展開>
歩行時は、軽度の内反がみられる。ご本人の特徴としては、末梢の運動性は高いが中枢の動きがあまり見られないことと自己身体への気づきが低下していることを提示した。また、ADLは自立されているが、postural controlとのギャップが大きいことを挙げていた。
治療は、体幹・四肢近位部のmobilityを出しながら気づきを促していくことにした。紀伊先生はfixしている部分もbody スキーマの存在がないとアドバイスをしていた。まず、麻痺側下の側臥位で、麻痺側大胸筋の動きを出していった。胸郭でセグメンタルに動けると、麻痺側肩にはストレスがかからないとのことであった。この際、気づきのフィードバックを与えるために、可動できる範囲から開始していくとアドバイスを受けた。麻痺側の大胸筋が受けられるようになったら、半側臥位の中で脊柱に動きを入れていった。胸椎の2・3・4のmobilityが低下していたため、棘突起のsideを触りながら動かしていくと可動性が見やすいとのことであった。脊柱への動きは、非麻痺側上肢を前に出して僧帽筋に引っ張られないように制御しながら行った。非麻痺側肩甲帯周囲の可動性はプロキシマルからコントロールした(図)。
股関節も動きに対してのイメージが悪く、bodyスキーマが存在していないと評価していた。座位からの立ち上がりの中では、足部の背屈反応が出ないように殿筋をモールディングして下肢に体重をのせて立ち上がりを誘導した。誘導がうまくいくと背屈せずに、ご本人も軽く立てるとおっしゃっていた。立位では、バスタオルを用いて洗体動作を行った。片手を交互に前に出しながら、体幹の回旋を促していった。治療後は体幹の固定が軽減し、分節運動が見られリラックスして歩行が行えていた。このケースは、ADLが自立され運動機能も高いが、中枢部の運動性の低下が内反などの悪影響に繋がり、よりバランスの多様性を低下させていた。このようなケースには選択運動の中のDissociated movementを促していくことが有効であった。
ワークショップG SV紀伊先生
<症例紹介>
70歳男性。右視床出血による左片麻痺、高次脳機能障害。ADL:起居動作自立。移乗動作監視。歩行は4点杖とSHB使用で監視から軽介助。ご本人の希望;足を着いた時に痛みがなく歩けるようになりたい
<目標>
裸足歩行の安定と痛みの軽減、両手動作活動
<治療及び治療展開>
①
靴下を脱ぐ動作において麻痺側上肢の随意性があるにもかかわらず下方へリーチできず参加が困難であった。これは麻痺側股関節の問題により骨盤が後退し下肢は外側に引かれ上肢の距離が遠くなってしまっていることを提示した。体幹と上肢の関係性を見るために正中線交叉を評価したが、麻痺側上肢は可能であり、非麻痺側上肢は困難であった。この評価から非麻痺側のラウンドバックの固定があること、麻痺側上肢はmobilityはあるがまだ重さがありstabilityが低下していることがみえた。
②
裸足歩行において、近位部(特に股関節の位置)の動きがわかりにくいので視覚による足からの情報で荷重や方向を確認しており、Body schemaがあいまいであることが考えられた。このようにBody schemaに障害のある人は背臥位で確認することが必要であると指導していただいた。
①②より、非麻痺側は固定と短縮要因があり、麻痺側はstabilityの低下が考えられた為、治療方針は麻痺側下の側臥位にて麻痺側のstabilityを求め、それに伴う非麻痺側のmobilityを求めていった。この際、背景となるcorestabilityの安定を配慮しながら行なった。寝返りの中で、腹横筋をmoldしながら非麻痺側肩・肘関節の分離運動を行なった(図2)。また、非麻痺側上下肢の空間でのコントロールも行った。この時、非麻痺側が麻痺側の上にのりあげてくるよう、非麻痺側下肢も動かしながら前方へ回転し、麻痺側半身での支持が得られるようstabilityを高めていくと、麻痺側のheelコードが伸びてきた。これは、近位部の安定により末梢がfreeとなってきたと解釈していた。続いて、いつも非麻痺側上肢が先行して非対称性が強まる症例に対し、背臥位からの両側活動でhead upして臍をみる治療を行なった。両膝を立てclocklyingからhead upし肩甲帯から体幹の伸展要因をいれつつ三角座りへと繋げた(図3)。三角座りで股関節に情報を送りながらそのまま端座位へ繋げた。
結果:①非麻痺側の固定の軽減と麻痺側の安定性向上により、靴下を履く動作で麻痺側の参加が得られスムーズであった。②歩行は体幹と股関節周囲の安定性が向上し内反と足部の痛みが軽減していた。本ケースから、麻痺側がADLの中で参加していくためには、身体図式の再構築にアプローチしていく重要性を感じた。
ワークショップH
<症例紹介>
50歳男性。H20/12/28に発症し、脳梗塞右片麻痺、失語症(運動性)を呈していた。
全体像及び活動と参加レベル:身体図式が不十分で、自身の身体の動きや状況に気づけず、このままの状態が維持できればいいとおっしゃっていた。自身の身体がわからないため、治療に対する要望も出てこなかった。
ADL:一本杖とSHBで自立。麻痺側肩には痛みがあり、「痛みはなくしてほしい」との訴えがあった。
<目標>
麻痺側肩痛の消失と裸足歩行の安定
<評価及び治療展開>
歩行時、麻痺側ハムストリングスには短縮が見られ、麻痺側下肢にしっかり体重を乗せていくことが不十分であった。前脛骨筋、下腿三頭筋の長さも乏しく、足関節内反し、足底接地に影響がみられた。座位では、体幹の選択運動が乏しく、非麻痺側体幹を引き込み、麻痺側胸郭が突出して肋骨間が開いた状態で、重心は非麻痺側後方にあった。まず、体幹の選択的運動を引き出すため、麻痺側肩甲骨をkey pointに支持面を探り、セラピストもご本人も座面を感じ取れるようになると、身体図式が作られ肩甲骨周りの皮膚や肩甲骨に動きが生じ、選択的運動の糸口となった(図4)。さらに非麻痺側肩甲骨にはstabilityを保障し、麻痺側肩甲骨を動かしていくと、体幹の伸展に繋がる下制や内転の動きが出てきた。麻痺側の胸郭の突出を体幹の回旋を入れながら、大胸筋から非麻痺側方向に回旋させ、ついで麻痺側胸郭を動かしていった。これに同調しながら両肩甲骨間から体幹を伸展方向に誘導していった。非麻痺側の骨盤と肋骨下部との間のfix部に動きが入るように続けていくと更に体幹が伸展した。体幹の抗重力伸展が得られてきたのち、さらにcore stabilityを高めるため、前方より股関節を屈曲・プレーシングしながら、遠心性収縮を促していった。大腿部のアライメントを修正していくとcoreの高まりを感じ、下肢が軽くなってきた。ご本人と共にactiveに動きながら下肢の長さを得るようにハンドリングを進めた。
結果として体幹の抗重力伸展活動が認められたスムーズな立ち上がりとなり、歩行では足部を見なくても、足底接地し麻痺側下肢に自分で探索して体重移動が出来るようになった。セラピストも本人も動きが感じ取れた場合、そこから動きが良くなることから、本人の参加の重要性を再確認した。また、体幹の伸展活動を促す際、回旋要素を取り入れることがよい結果に結びついていた。
ワークショップI
<症例紹介>
55歳女性。H20/11/25発症、脳梗塞による左麻痺で、既往に神経ベーチェット病がある。
症例の全体像・及び活動と参加は、四肢が細く痩せている。全身性の倦怠感や複視、右側下肢のだるさ、右足母指に循環障害による潰瘍が認められた。また、麻痺側肩には痛みがあった。ADLは車いすレベルで自立されていた。
<目標>
SHB装着で恐怖心なく杖歩行ができる。
<評価及び治療展開>
トランスファーでは立ち上がった際に膝関節のロッキングが認められ、座る際には麻痺側の膝の屈曲が難しく、なんとか膝を曲げようとしロックが外れ虚脱を呈した。歩行は介助レベルで麻痺側にSHB装着しており、振り出しに介助を要した。
既往に神経ベーチェット病があることより、筋のweaknessが考えられ、代償的なパターンで歩行されていたことが推測されるなど、症例が以前から持っているパターンや戦略を考えて治療を進めていく必要性をアドバイスして頂いた。
また、症例のように筋が働きにくいケースでは皮質を使った、明示的(宣言的)知識を用いて、症例自身が四肢を動かすことが大切であるとアドバイスして頂いた。まずはアライメントを整えながら筋を発火していく必要があった。大腿四頭筋をmolding、リアライメントして大腿四頭筋とハムストリングスをしっかり働かせるが、この際に骨盤は後傾せず、core stabilityが活性化していくようアライメントを保持することが重要であった(図5)。さらに遠位の下腿三頭筋をmoldingして働かせ、よりcoreの活動を高め、活動が持続するように進められた。すると肩の痛みが軽減してきた。大腿四頭筋や下腿三頭筋は長い筋なのでmoldingすることで皮質からの指令が出力しやすくなると指導していただいた。症例は皮質には障害がないため、積極的に皮質脊髄路を使用していくことで腹内側系も活動してくると話されていた。また、肩の痛みの軽減は皮質脊髄路が同側性にも働く経路であることと、良いアライメントの維持が導いたものであると説明された。coreがさらに高まり足底への荷重が増加していくと、大腿四頭筋の収縮が視覚的にも確認できるようになった。この際、抗重力伸展した後に体幹がcollapsしてしまわないことが重要であった。立ち上がりを繰り返し、高い座位を保持することで姿勢筋緊張を維持し、本人の学習を促していった。
結果として、歩行では体幹の安定性が増加し、膝関節のロッキングが減少した。
本ケースは、立位、歩行時にとても強い恐怖を感じており、治療を進め、チャレンジを共有できる信頼関係作りは重要な要素であった。また、症例が以前から持っているパターンや戦略を考えて治療を進めていくことの大切さと難しさも痛感した。
ワークショップJ
41歳男性。脳出血(被殻)による左片麻痺、既往歴にうつ病があった。
全体像は年齢よりも老けて見え、声が小さく、表情に乏しかった。自身の身体状況に対してやや無関心な印象をうけた。ADLは車椅子駆動自立、移乗動作軽介助~監視。トイレ動作軽介助であった。
<目標>
両下肢で支持した機能的な立位がとれることとした。
<評価及び治療展開>
トランスファーはなんとか可能であったが非対象を強め、麻痺側はflexor patternが顕著となり、踵は浮いてしまっていた。また、膝関節には-30 °の伸展制限が認められた。歩行は四点杖と支柱付きSLBを装着し介助レベルであった。さらに麻痺側肩関節には痛みがあり、防御的であった。
症例の姿勢を内的・外的環境や痛みに対する逃避的反応と捉え、セラピストがbaseやフレームとなり、患者に与えていくことで治療の糸口を見つけていくことをアドバイスして頂いた。また、症例には非神経的要素の問題が多く、これに対してはセラピストの誘導と共に能動的に動くことによって筋の粘弾性を高め、アライメントを整えていくよう指導して頂いた。
治療では常に環境からの情報が途切れないよう配慮し、臥位場面にて両側活動から開始し、core stabilityを活性化していくと近位関節が過剰固定から解放されるようになってきた。また、体幹には選択的な動きが見られるようになった。これらの変化をご自身でも感じておられ、能動的に動いて見せてくれる場面が多くなった。さらに非神経的な要素、特に股・膝関節の伸展に対し、臥位の中で能動的に麻痺側下肢を動かしてもらい筋の長さを得ていくことで、それぞれ0°近くまで伸展が可能となった(図6)。さらに立位場面にてcore stabilityを活性化しながら積極的に抗重力伸展活動を促通すると、踵の接地した・両側で支持した立位が可能となった。前足部の短縮が認められたが、アクティブに連続したつま先立ちをすることで、前足部は支持として使えるようになり、短縮も軽減していた。歩行場面でも麻痺側立脚期の伸展活動が増大し、1人のPTがフレームとなることで短距離ではあるが軽介助レベルでの歩行が可能となった。
結果として、非神経的要素の改善と共に両下肢で支持した立位の獲得と歩行の改善を認めた。本ケースから、治療の糸口となる捉え方を学んだ。また、症例の潜在能力を引き出すためには能動的に動くことが重要であることを再認識した。
紀伊先生によるデモンストレーション
症例の全体像ならびに活動と参加レベル
症例は54歳の男性でH21.3.3発症、左片麻痺を呈している。
車椅子操作は自立しており、歩行は装具装着し、杖を用いて近位監視レベルであった。
麻痺側の遊脚期には骨盤を後方へ引き上げ、股関節の屈曲を維持できない状態で、下肢を遠心性に使っていくことが困難であった。接地位置は一定しなかった。これらから麻痺側股関節のstability低下、固有受容感覚による麻痺側の重量感や長さの認識が困難である様子が伺えた。座位場面にて非麻痺側の状態を確認すると特に股関節は非常に固定的で、上肢帯の過活動も認められた。さらに麻痺側上腕三頭筋には冷感、手部には熱感が認められ、足部には浮腫があり、足底は湿っていた。
症例は9月には復職(教員)を希望しており、電車の利用(通勤)や階段の使用が必要と話されていた。リハビリには非常に意欲的に取り組まれていた。
治療戦略と治療展開の要点
紀伊先生は後学習されたprocessをpostureから読み取る重要性を話された。症例の場合ならば非麻痺側の過活動である。常に皮質で考え、非麻痺側で対応する戦略であった。非麻痺側は無傷なルートなので麻痺側よりも変異しやすいとのことであった。そのため、麻痺側にアプローチしようとしてもすぐに非麻痺側が活動してしまって、麻痺側が身体図式として存在しにくい状態となっていた。
1日目は症例が麻痺側の重さや長さに気づき、身体図式として存在していくことが課題であった。そのためにはまず、麻痺側を動かすと非麻痺側がすぐに活動してしまうという、negativeな要素となっている非麻痺側の代償的な過活動の治療から始めなければならないと説明してくださった。非麻痺側がfreeになってくると正中がわかりやすくなり、そこから麻痺側へのアプローチが開始された。
症例の希望している階段昇降には膝関節の選択運動が必要であり、そのためには近位部のStabilityと遠心性に使っていくことの出来る機能的な下肢の長さが求められた。それらが得られるよう足部から筋の運動性を促通し、股関節のstabilityを高めていった。また、非麻痺側の過活動に注意しながら、症例に自分で下肢が落ちていかないようにするためにはどうしたらいいか、皮質も使いながらproximal(腹内側系)を患者さん自身でコントロールするよう参加を促した。
Core stabilityが高まり、腓腹筋が本来のStabilityを得られるようアライメントを整えていくとその後の足部はdryとなった。皮膚呼吸が開始されたためであり、これにより床の冷たさを本人が感じることができるようになった。
次に手関節の運動性を誘導しながら肩関節のStabilityを高め、頭部後方で両手を組み抗重力位の経験を促した。麻痺側上肢を患者自身では保持できなかったが、腕の重さを認識できるようになった。
紀伊先生は機能不全となっている場所にスイッチを入れる必要があると話された。皮質だけでなく、視床や中脳・小脳などもそうであり、体験することによって一時的にでもstore stockしていくことが大切であると説明してくださった。
結果
その後の歩行では(麻痺側上肢を紀伊先生が介助)、ご本人が意図した場所に足が着けるようになり、固有受容感覚からの情報を得て、遠心性に使っていける下肢と股関節のstabilityを獲得された。
紀伊先生は、股関節のstabilityを助けてあげることは簡単だが、脚の重さや長さに自分で気づき・感じていくように症例自身が探して取り組んでいくことが必要であったと説明してくださった。
2日目はバランスコントロールとマネージメントが課題であった。
昨日の治療により麻痺側の問題や変化に自身で気づくことができた状況であるからこそ、症例自身が有意味なマネージメントに取り組むことができた。左脚の着地の練習や肘の選択運動・肩関節のStability向上練習、立位でのリラクゼーション、足指屈筋の伸張(図1)がアドバイスされ、実際に行い、症例と共に確認した。
治療戦略と治療展開の要点
治療はアシンメトリーな姿勢から開始された。紀伊先生は昨日の治療で症例はすぐに皮質を使う人だとわかっていたので先読みされないようなprogram が必要であるとおっしゃっていた。アシンメトリーな肢位は症例にとって思いがけない姿勢であり、このような非日常的な姿勢により患者の側坐核が刺激されると、腹側被蓋野が働きドーパミンが分泌され、より蓄積されやすい学習がなされると話してくださった(図2)。
座位にて麻痺側下肢を治療台に乗せてweight transferし、さらに非麻痺側を動かしてcore stabilityを活性化させた。同時に麻痺側上肢のアライメントを整えた。身体図式として麻痺側上肢が存在するようになると、weight transferに伴いautomaticに肘の伸展が可能となった。症例は頑張らなくても選択的に肘関節のコントロールを可能であることを学習された。
続いて手指でマットを掻き込むように誘導し、音だけで動きを予測し、非麻痺側でまねをさせた。動きを予測し、わかるようになると麻痺側も同じように行うことが出来るようになってきた。するとさらに麻痺側上肢で自身の身体を支えてコントロールし、下肢を動かせるようになった。その際、下肢を軽く動かせることが症例自身でわかるようになった。
次に、立位へつなげていくために端座位にて腓腹筋のアライメントを修正し、下腿外側から小指はStabilityとなるよう、stanceの準備を行った。さらに足部の可動性を引き出した(図3)。
麻痺側へweight transferしながらリーチへつなげ、荷重に伴いハムストリングスが遠心性に働くよう治療された。
続いて立位でハムストリングス近位部と大殿筋を集めて腹部とco-activityし、踵へ情報を送ると膝は突っ張るのではなく、荷重に伴って対応できようになってきた(図4)。
Coreを働かせた状態で立ち上がりを行い、紀伊先生が背中を押しても前方の台に手を付き、倒れないように対応することができた。固定するのではなく、動きに対応できる身体となった。爪先立ちへ移行し、さらにcore stabilityを高めた(図5)。
結果
自身でバランスをとり、楽に身体を動かせる、歩行できる経験をされた。
まとめ
患者さんは9月に復職し、電車での通勤や階段昇降を考えていたが、それ以前に解決するべき問題があった。しかし、その問題に気づくことができていなかった。
1日目で自身の身体に気づけるようになったため、2日目のマネージメントにつながることが出来た。身体図式を取り戻し、Stabilityが得られ、楽に動ける身体となった。
大槻先生デモ
<症例紹介>
3/10発症の左視床出血、右片麻痺の50歳女性。
症例の全体像ならびに活動と参加レベル
車椅子にて院内ADLはほぼ自立していた。とても明るく、話好きな女性であった。
荷重は常に非麻痺側にかけられており、麻痺側には伸展パターンが認められた。立ち上がりではclow toeが見られ、足底がほぼ浮いてしまっていた。ご本人もこれを自覚しており、足底がしっかり付くように自分で治療してと指示されると内側を付けようとしていたが°努力的となりclow toeが出現した。
歩行でも伸展パターンによる足部の内反のため立脚への以降や十分な体重支持が困難であった。非麻痺側腋窩をいつも誰かに支えられており、その支えを頼りに非麻痺側へ押すか引くかで対応している様子が伺えた。麻痺側肩関節屈曲90度で痛みが生じていた。
右手は腫れ、浮腫が見られた。また右手はよく汗を掻くとおっしゃっていた。
麻痺側の感覚は良好であった。
治療戦略と治療展開の要点
感覚は良好であり、内反に対する問題意識も持っておられたが、非麻痺側での代償的な戦略が認められた。座位にて麻痺側下肢でセラピストを蹴るように外転方向へ伸展すると股関節は外転・外旋し、下腿三頭筋はoffとなりstabilityの低下が認められた。次に非麻痺側下肢を伸展するが、常に荷重は非麻痺側にかかっているため、freeとなりにくい。同時に支持となる麻痺側下肢にはstabilityの低下が認められた。非麻痺側下肢がfreeとなるためには麻痺側殿部上での支持が必要だとわかると少しずつ非麻痺側下肢がfreeとなってきた。大槻先生が症例と一緒に動き、確認していくことで、症例も自分がどう対応しているのか固有受容感覚を通して理解し、気づくことが出来たために修正が可能であった。
Stabilityが得られてくると麻痺側足部の足底接地が可能となり、麻痺側上肢のリーチも可能となってきた。しかし、肘を屈曲していくと非麻痺側へ荷重が戻ってしまった。
歩行では麻痺側遊脚の際、非麻痺側で押しつけ肩甲帯を下制するパターンがあったため、非麻痺側上腕三頭筋を前に引き出し、ここから麻痺側の膝がロッキングしないようにハンドリングされていた。最後は本人の非麻痺側の引き込みが軽減していた。
新保先生デモ
66歳男性 右中大脳動脈領域の塞栓による左片麻痺。3/15発症しt-PAを施行。
症例の全体像ならびに活動と参加レベル
ご本人は「左手も左足もだめだから日常生活ができるようになればいい」とお話されていた。その中でも特に何か?と聞くが具体的な話には及ばなかった。
トランスファーはなんとか自立しているがトイレ動作は監視~軽介助が必要であった。
「もう右手が頼り・・でも右側に力が入りすぎると左に倒れそうになったり、歩いていると後方へ倒れそうになったりする」と言われていた。
立ち上がりは非麻痺側で行われ、勢いが強く、すぐに歩き出そうとする状況が伺えた。静止していることも困難で、麻痺側や自身の身体をコントロールすることが出来ない状態が伺えた。また、麻痺側肩に痛みを訴えており、「下ろしていると痛い、折れそうで怖い」と非麻痺側で常に支えていた。
治療戦略と治療展開の要点
座位にて骨盤をアップライトにしようとすると非常に強い抵抗があり、常に後方へ押し付け、体幹・肘関節は屈曲していた。また、麻痺側足部は全体にmobilityが低下しており、特に外側アーチは非常に硬かった。前方から症例の頭部をセラピストの胸に当て参照点とし、麻痺側肩甲骨をkey pointに肩甲骨に対して体幹を動かし、運動性を引き出していった。
このとき、麻痺側肩甲骨は下制していたため、肩甲骨のアライメントを修正してstabilityを与えた。次第に体幹の伸展が生じ、同時に肘関節も伸展してきた。次に下肢での支持に繋がるよう、胸を前に送り出すようにしてさらに伸展活動を高めていった。
ご本人の話では剣道を長くやっており、骨盤は後傾して体幹は伸展するという構えであるとのことであった。また、腰痛があったためさらに伸展志しづらい状態であった。加えて軽い肺気腫もあり、横隔膜の使用が難しく声量に乏しかった。今回片麻痺を発症され、さらにcore stabilityが得られにくく体幹を屈曲固定しやすくなっていたと考えられる。
その後、立ち上がりでは努力性が軽減され、体幹の伸展方向への運動が認められた。
歩行の際、麻痺側支持になると身体を後方へまわすといういつものパターンが認められた。自身の変化に対応できず、皮質を使った動きとなりやすかった。症例のような場合には、とっさに行う動作等、戦略を考えていく必要があると指導していただいた。