上級講習会報告(3)治療・デモ編
上級講習会報告(3)治療・デモ編
成人片麻痺上級講習会報告 2009年8月
講師:紀伊克昌・真鍋清則
会場:森之宮病院
報告者:講習会受講生一同
文責:真鍋清則
治療デモンストレーション編
1. 紀伊先生によるデモンストレーション
① 症例の全体像ならびに活動と参加レベル
症例は31歳の男性で発症後約4カ月が経過。右放線冠梗塞により左片麻痺を呈している。屋外、屋内は杖歩行レベル。職業は営業。ニードは麻痺側上肢を補助手として使用できることであり、パソコンの操作は麻痺側上肢でシフトキーを押したいと希望されていた。歩行時は麻痺側下肢を外旋位でリリースしており、立脚時では麻痺側股関節が屈曲し脊柱起立筋で股関節伸展の不十分さを代償していた。また麻痺側上肢は屈曲優位の連合反応を認めていた。麻痺側上肢の挙上は体幹側屈の代償運動と腰背部筋群の過活動から腰痛を招いていた。麻痺側肘屈伸・前腕回内外の随意運動は可能であるが、麻痺側母指、手指の伸展は不可で手関節橈掌屈位を呈していた。
② 治療戦略と治療展開の要点
腹内側系を高めて随意運動に先行する予測的姿勢調節と課題実行中のCore stabilityの持続性を築きながら四肢の選択運動を促通。また、過度な随意性を求めるのではなく、患者が身体図式として気づき、主体的な反応を示すMore activeな治療を強調されていた。
1日目
立位から坐位、臥位への過程の中でCore stability と四肢の過活動の有無を評価しながら治療が開始された。背臥位の膝屈曲位で骨盤後傾を誘導しながら内側ハムストリングスの活性化を図り、自動運動の中で腰背部筋群短縮の改善とCore stabilityを高めていった。
相反神経支配に基づいて、下肢に関しては内側腓腹筋のstabilityが得られるようアライメントを適切に整えていくと足部の可動性が引き出された。また上肢は肩関節を外転、外旋位にし、肘を伸展させて上腕三頭筋を遠心性に収縮させると肋間、肩甲骨の可動性が得られた。その間、両膝は屈曲位に保持して持続的なCore stabilityの活性化も図られていた。上肢の随意運動に際して症例は、視覚によって背外側系を過剰に使用するため、最初は視覚を排除して半自律的に固有感覚で変化を感じてもらいながら身体図式へアプローチされていた。さらに手と足を同時に連動させてホムンクルスを考慮しながらIsolated movements(上肢、下肢の複合的構成要素を改善するための運動学習)の治療が進めらた。
次に長坐位で上肢を支持して体重移動しながら腰背部筋群とハムストリングスのモビライズも同時を行い、分離運動dissociateed movements(四肢に対する体幹の可動性と安定性を改善)に対する治療が行われた。さらに前腕回外位で母指外転、手指伸展の誘導がなされると随意運動の出現が得られた。最後に立位で上肢のスイングを半随意的に行い、自主練習の指導が行われた。現地点では両側性の運動でしか脳でコントロールしにくい段階であると説明があった。手部の握りこみは抑制されスムーズに両上肢のスイングが可能であった。
治療の結果、歩行の麻痺側股関節外旋位でのリリースは修正され立脚時には麻痺側股関節が伸展して独歩の安定性が向上した。また同時に腰痛も軽減した。麻痺側上肢の連合反応は大幅に軽減し、麻痺側母指外転、手指の伸展の随意運動が可能になっていた。
2日目
側臥位(麻痺側が上側)で上肢挙上と股関節伸展活動をMore activeに促通し、同時に広背筋の長さをえるためにモビライズも実施された。さらに歩行のように麻痺側上下肢での交互活動が行われ、肩甲帯と骨盤の分離運動が促通された。また坐位にてベッドのエッジを利用して母指外転位でのアクティブタッチ、タオルを利用して手の接触適応反応(摩擦刺激によって上肢の屈曲活動に対抗する伸展反応の促通)を促していった。次に上肢支持でのProne standingで腹内側系を高めながら手指伸展の滞空placingが促通された。前日の治療によって自己身体への変化の気づきは高まり、上肢の選択運動は促進されていたため、視覚によって背外側系を過剰に使用することは軽減していた。このため非麻痺側の模倣も促して目と手の協調性を高めながら治療が行われた。立位で肘・手・手指の分離運動isolated movementsを適度な参加意識で方向性やスピードを学習し、母指、手指の伸展が容易に行えるようになった。最後の場面では箱の把持や椅子を持ち上げる動作が可能になっていた。
3日目
歩行時の上肢の連合反応はほぼ消失していた。治療は長坐位で両上肢を肩伸展・外旋位で支持した肢位で開始された。このとき上肢は尺側での支持を強調すると母指伸展、橈側支持では小指側の伸展がスムーズに行えるようになっていた。また独立運動independent movements(セラピスト操作を離れて、学習した運動を自発的に再現できるように誘導)を促進する際、上肢挙上時の腰背部の過活動と姿勢の不安定さが上肢操作に影響することへの理解とその対策を日々のマネージメントで活かしていくよう指導されていた。最後にニードであるパソコン操作で麻痺側手指にてシフトキーを押すことが可能になり、3日間の治療の感想文を嬉しそうに書かれていた。その姿を見て、私自身非常に感銘を受けた。物品やパソコンの操作など課題taskの繰り返しによる経験と学習の結果、小脳内に運動指令―筋骨格系の情報の内部モデルが構築される。自発性の運動発現に重要なモチベーションも考慮しながら活動性activityを選択することが、記憶された内部モデルのさらなる中枢神経系での発達にとても重要であると感じられた。
③ 感想
紀伊先生の治療は非常にダイナミックで次の展開が予想できないほどスピーディであったが、ハンドリングはとても柔らかく、More activeに適度な参加意識で方向性やスピードを誘導されていてさらに患者自身の気づきによる学習を促されていた。とても真似はできないものであるが、先生の無駄のない講義と的確で創造性に富んだ治療場面を見ることができて「ボバース概念Bobath cenceptを学んできて本当に良かった」と感動を覚えた。また同時に臨床で活かせるよう日々の努力を怠らず創意工夫しながら考えるセラピストとして取り組んでいきたいと実感した。
2. 真鍋先生デモンストレーション
① 症例紹介
67歳男性。平成21年5月にアテローム血栓性脳梗塞により、左片麻痺を呈している。合併症として、変形性頚髄症(C3/C4、C6/C7圧迫)を認めていた。
杖歩行は監視レベルであり、麻痺側肩甲帯の下制・後退、非麻痺側体幹は側屈し、上部体幹は屈曲傾向で立脚期では麻痺側股関節伸展の不十分さが認められた。遊脚期は下肢の重みのコントロールが不十分で、特に足関節の背屈が困難であった。麻痺側上肢は屈曲パターンであり、肘の伸展活動が不十分であった。
② 治療戦略と治療展開の要点
シークエンスの中でCore stabilityを活性化しながら四肢の選択運動を促通。また、体幹の抗重力伸展活動及び股関節伸展と足底屈を促通して遊脚期のheel contactがスムーズに行えるよう治療が展開された。
1日目
両側性にCore stabilityの活動は不十分であり、麻痺側上肢は重力に引かれ、手背は浮腫が認められた。Tシャツの脱衣場面では、頭部・上部体幹屈曲、側屈位で固定し、非麻痺側腰背部を過剰に使用して運動に先行する予測的姿勢調節は困難であった。
Core stability を継続的に活性化させながら、上下肢の選択運動に対するアプローチが行われた。
立位にて内臓を引き上げ、骨盤後傾からstop standingの中でCore stabilityの活性化が図られた。坐位では両手にリファレンスを与え、麻痺側小趾を外側へ開排し、小趾外転筋と背側伸筋群が活性化された。視覚的にも伸筋腱が、促通されたのが確認できた。また呼吸に合わせて体幹の抗重力伸展活動が整えられた。
次に背臥位で胸郭の可動性や呼吸リズムが安定しているかを評価し、呼吸に合わせて大胸筋の遠心性活性化が図られた。また母指の操作で上腕三頭筋、示指伸展で三角筋を活性化させ、末梢の刺激から近位部の安定性が高められていた。上肢の筋の長さが確保され、末梢に向かってDistractionすることによって、努力的であった上肢の滞空placingも改善された。
背臥位で、ハムストリング近位部を求心性に収縮させて骨盤後傾位での股関節伸展活動が促通された。この時、皮質でコントロールしないよう、半自律的semiautomaticに行われた。また頸椎を長軸伸長distraction しながらアライメントを整え、左右対称的にCore stability を高めながら上部体幹伸展・上肢外転位で背臥位から長坐位に誘導された。
Standinng downは、殿部後面にリファレンスをおいて、左右への側方体重移動を誘導して、治療台から下垂させた麻痺側下肢を床に対して従重力に保持させながら足先でリーチし、前足部で支持してから両下肢支持姿勢が取られた。麻痺側下肢を後方にしたステップ肢位での促通のあと、移動式治療台を押しながら歩行が行われた。股関節の抗重力伸展が活性化された。
結果、歩行時、上部体幹が伸展し、手背の浮腫も軽減する。麻痺側立脚時の股関節の伸展が十分に得られた。麻痺側足部は支持面の中での知覚探索も行えるようになった。
2日目
1日目よりも、More active な活動に継げるため、抗重力姿勢で治療が展開された。姿勢-筋緊張の変化の中で、身体近位部の安定性を高め、遠位部の選択運動が促通された。
靴の脱着は、よりactive な場面から評価するため立位で行われた。麻痺側の片脚立位時、非麻痺側への体幹の側屈の代償運動が見られた。
立位でstop standingによる骨盤の選択的な運動が行われる中、腹筋群・殿筋群と大腿四頭筋の活性化が得られた。非麻痺側膝の過伸展が改善し、非麻痺側に偏移していた支持基底面BOSが修正された。
坐位で、肩甲骨セットscapla setting後に肩関節の外旋・外転誘導が促通された。中手骨間を広げるように手内筋の刺激によって手部のアライメントを整えると同時に非麻痺側上肢の過活動の修正による治療が進められた。また両側性に短縮していた広背筋をモビライズし、呼吸に合わせて胸郭を広げながら体幹の抗重力伸展活動が促通された。麻痺側手でマット上タオルを、肩関節外転外旋方向へ誘導していく中で、支持面に対して肩はORIENTATIONできるようになった。
さらに抗重力伸展を強調される高坐位で、踵骨の内反と内側・下方へ捻転していた内側腓腹筋を修正しながら活性化を図った。また前足部で支持し、次に麻痺側股関節を屈曲させずに膝関節を伸展し、踵を接地して選択運動が促通された。運動の方向性を学習できたら、左右両下肢で、スピードやタイミングを協調させながら歩行での切り替えによる交互性を引き出し、背側脊髄小脳路に働きかけられていた。半自律的に身体図式が形成されていった。立位の中でも、股関節の抗重力伸展活動と足部の選択運動が促通された。
結果、「足が軽くなった」と言われ、杖なしの歩行も実現できるようになった。遊脚初期の麻痺側足底屈が十分に活動できるようになり、遊脚後期の踵接地で足背屈もみられるようになった。体幹の抗重力伸展活動が促通され、非麻痺側上肢の過活動は軽減した。身体への気づきを与え、身体図式の形成に結びついていく一連の治療をみることができた。
③ 感想
真鍋先生の治療は適切に最小限の介入で瞬時に患者の身体がより良い方向へ変化していった。また、stop standingやStandinng downなどシークエンスの中でCore stabilityを活性化しながら、More activeに非神経性要素・神経性要素への治療を進められていた。治療をより効率的に進めながら機能を最大限に引き出していくには的確な評価とハンドリングが必須である。真似はできないまでも考えるセラピストとしてその治療戦略を学び、日々の臨床で活かしていきたいと感じた。