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脊髄ロコモーターCPG:脊髄損傷後患者を対象として
Sten Grillner 2002 Progress in Brain Research, Vol.137
全脊髄動物(哺乳類から魚類まで)は、ロコモーター運動中において脊髄の情報調整が必要とされる事が分かっている。魚類(サメやウナギ)の種属における脊髄ジェネレーターロコモーター運動は、脊髄直接横断後の数日後もしくは数週間後より再開し始める。幼児猫における下位胸椎レベルの脊髄横断後では後肢の交互運動が生み出される。成人猫に行うと初めロコモーター活動は見られないが、トレッドミルトレーニングを行うと四肢の交互運動が起こり、重量サポート付きであれば徐々に運動の質が改善して、数週間後適切なロコモーターの協調性が見られるようになる。したがって、腰仙部の脊髄は他の中枢神経系とは分離しており、運動パターンのトレーニングが脊髄可塑性を証明していると思われる。もし、脊髄横断後の急性期にノルアドレナリン作動薬が注入されればロコモーター運動が数分で発達し、一定速度幅のトレッドミル速度に適応できる。ラットの慢性的な脊髄損傷の状態でも特に改善が見られるのが5-HT作動薬もしくは、吻側脊髄へのモノアミンニューロン移植術である。霊長類の脊髄も同様にロコモーター運動を生成する事が出来る。加えて、脊髄標本を本体から分離して架空のロコモーション活動を行わせる研究も発展してきている。中枢ネットワーク上にあるこれらの脊髄ロコモーター回路はセントラルパターンジェネレーターネットワーク(CPG)として言及される。CPGはロコモーター運動中において求心性活動(感覚要素)の影響を強く受ける。この感覚入力は立脚相や緩徐な速度、筋活動の度合いなどを左右する。脊髄標本は一般に自発的なロコモーター運動を示さないが、トレッドミルのベルトコンベア上では良好なロコモーター運動を示す。このように脊髄ロコモーター回路は、脳からの制御から独立した働きをもっていると考えられる。
<脊椎動物ロコモーションに関する全般的なコントロール戦略>
(1)ロコモーションは脳幹ロコモーターセンターの網様体脊髄ニューロン内の活動の増加によって開始され、感覚フィードバックと密接に関連しながら順々にロコモーターパターンを生成していく。(2)四肢動物においてはこの事が、歩行から小走り、ギャロップまでの肢間協調(interlimb coordination)を導いている。基底核は緊張・抑制性の影響を様々な運動センター上に及ぼしている。ひとたび運動行動が選択されれば抑制が解放される。この場合、続いて脳幹のロコモーターセンターが活性化する。また、実験的には感覚入力によってロコモーションを引き起こしたり、奮性アミノ酸作動薬の薬剤投与によって薬理学的にロコモーションを引き起こすこともできる。(3)左右の非対称的な出力を引き起こす網様体脊髄ニューロン(RS)の非対称的な活性化を示す。
<正常なロコモーションではどのような種類の脊髄上コントロールが使われているか?>
①脊髄CPGsの遅いもしくは速い下行性コントロール
- 脊髄CPGsは網様体脊髄路の早い伝導によってコントロールされ、中脳(MLR)や間脳(DLR)のロコモーター野によって活性化される。網様体脊髄システムは活動レベルのオン・オフのようなコマンドの役割がある。
- モノアミン作動性経路(5-HT、NA、図2)は遅い伝達によって回路内の反応性レベルに影響する。モノアミンシステムは背景レベルの筋緊張を整える役割がある。
②各歩行ステップ中の足部の正確な接地
複雑な場面では各歩行ステップにより障害物を回避する必要がある。このとき、視覚―運動協調が重要な役割を持つ。皮質脊髄システムがこのタイプのコントロールに含まれ、ステップ毎の正確な足部の接地位置を可能にしている。網様体脊髄路も間接的に影響している。この場合、基本的なロコモーターの原動力は脊髄ロコモーターCPGsで生成されているが、皮質脊髄システムでは多層構造となっており特定の脊髄介在ニューロンや運動ニューロンまで提供している。結果として足部の接地までの位置合わせや、軌跡を修正している。回転や方向転換などのロコモーター運動にも同タイプのコントロールが見られる。
③歩行中における身体平衡のコントロール
歩行中の身体の平衡調節も同様に重要である(身体の全般的なオリエンテーション)。
各歩行ステップ中の姿勢調整はロコモーター制御システムにプログラムされているが、歩行中の予期しない動揺にも対応する必要がある。通常これらは前庭器官や筋、関節、皮膚(とりわけ足部)などの多様な受容器によって気づくが、検出された信号は小脳を含み、前庭脊髄路と網様体脊髄路から多様な運動ニューロンや筋群までを経由し優先的に仲介され、共同的に代償される。
<脊髄損傷後の機能回復にとってどのような経路がもっとも重要か?>
対麻痺動物モデルでは第1に下行性網様体脊髄路の機能再生に焦点が充てられている。第2に平衡コントロールシステム、第3の重要点として正確な位置への足部接地を行うシステム(皮質脊髄投射)がある。しかし、他の研究グループでは皮質脊髄路を優先的に経路再生として挙げているところもあり、研究者間の意見交換が今後も必要である。
<脊髄不全損傷患者の機能回復>
トレッドミルや理学療法士によるロコモーションのトレーニング後、患者が杖や歩行器を用いて歩行できるようになったときには、恐らくロコモーター様の感覚入力が両下肢のロコモーターCPGsと同調し、脊髄ロコモーターシステムにおける使用依存性のシナプス促通が生じたと考えられる。障害後も残った軸索は、十分な量のロコモーター活動により再び脊髄回路にアクセスする事ができる。一度患者が歩き始めたら日々の生活の中での必要性により患者自身で再びトレーングし始める。このプロセスは脊髄内のモノアミン作動性受容器の薬剤影響による促通に類似している。一般的に障害部位が脊髄の白質かを調べる事が重要である。恐らく本部位は脊髄に必要な信号を送っている。
<実験モデルにおける機能回復の評価>
機能回復の評価には厳しい基準を持つ事は明らかに重要と思われる。ゆえに採点法は使いやすく、特に回復見込まれる事を対象に得点化できるものが良い。実験場面での分離脊髄は科学的な評価に準拠した目覚ましいほどの運動レパートリーと協調性を生成している。
<下位脊椎動物モデル>
哺乳類に比べてヤツメウナギや、オタマジャクシのCPGsロコモーションは良く説明されている。以下に簡潔にヤツメウナギのロコモーターネットワークをまとめた。
- 網様体脊髄(RS)グルタミンニューロンは、脊髄介在ニューロンの全種を興奮させる。
- 興奮性介在ニューロン(E)は全種の脊髄ニューロンを興奮させる。
- 抑制性グリシン作動性介在ニューロン(I)は正中を超えて反対側の全種のニューロンを抑制する。
- 側方介在ニューロン(L)はI介在ニューロンと運動神経核(M)を抑制する。
- 興奮性タイプの伸張受容器ニューロン(SR-E)は同側の興奮性ニューロンを興奮させる。
- 抑制性ニューロン(SR-I)は対側の全てのニューロンを抑制する。
- 網様体脊髄ニューロンは皮膚求心性線維と、中脳ロコモーター野(MLR)と視床腹側(VTH)からの興奮性シナプス入力(三叉)をうけ、基底核と嗅球と視神経からの入力も順々に受ける。嗅覚と視覚の刺激はとても強く進化の過程上の影響をうけており、ロコモーションと行動はVTHを経由しておこっている。VTHは間脳ロコモーター野と思われる。
介在ニューロンと運動ニューロン間の早い相互作用ネットワークはイオンチャネル型のグルタミンやグリシン受容器によって引き起こされる。加えて、G-タンパク仲介受容器の多くはロコモーターネットワークに影響している。
これらは様々なタイプのものを含んでいる(5-HT、DA、GABA B、代謝調節型のグルタミン受容器(mGluRⅠ-Ⅲ)とペプチド)。
各ネットワーク介在ニューロンの相互作用的な過程(様々なタイプのイオンチャネル)を完全に理解するのは難しい。しかし、ヤツメウナギの様々な調整システムは、脊髄損傷後の哺乳類ロコモーターシステムの薬理学的な最適化に見識を与えるだろう。
<私見>
本文献は脊椎動物実験の知見を脊髄損傷後患者に適応するような内容として書かれているが、疾患を問わず歩行の治療の際に背景となる神経システムや伝達物質、作用メカニズムが把握できる為、臨床的応用価値が高いと思われる。これらの知識を整理して治療場面に応用し、具体的な問題点の把握や治療の選択に活かしていく必要があると考える。
順天堂大学医学部附属順天堂医院 佐藤 和命