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Spinal cord pattern generators for locomotion
Clinical Neurophysiology 114 (2003)
Spinal cord pattern generators for locomotion
V.Dietz
1.導入
ヒトの移動は脊髄内にあると言われている神経回路central pattern generator(CPG)に大きく依存している。
二足と四足の移動はいくつかの共通した脊髄神経制御メカニズムがあると思われる。四足動物と同じようにヒトでも頚髄から腰髄への長い脊髄固有ニューロンの結合があるし(Nathan et al.,1996)、幼児や成人の歩行中の四肢の協調性は四足動物と似ていることが示されている(Yang et al.,1998;Pang and Yang,2000,Dietz,1992,1997)。しかし、手の巧緻性はヒト特有のものであるし、それに伴う直立立位や歩行も異なる点である。
Pattern generationは基本的には生得的なものであり、求心性情報はcentral patternに影響を与え、CPGは外界の要求によって、適切に選択される(Grillner,1986,McCrea,2001;Van de Crommert et al.,1998)。Spinal locomotor centerや反射は脳幹の制御下にある(Jankowska and Lundberg,1981)が、皮質脊髄入力にも影響を受ける(Capaday et al.,1999;Schubert et al.,1996)。
このレビューでは、移動の基礎としてのCPGの作用について論じる。
2.生理学的基礎-動物モデル-
2.1. 脊髄パターン発生器
最初のspinal locomotor centerのコンセプトはBrown(1911,1912)の実験に基づいている。(脊髄横断し、背側路を切断したネコの足関節の屈筋と伸筋に交互のリズミカルな収縮が起こることを示した)
他にも求心性入力を取り除いたネコでもリズミカルな出力が起こることのエビデンスがいくつか示されている。CPGモデルはネコに限らず、脊椎動物と無脊椎動物において幅広く研究されている(Grillner,1985;Rossignol and Dubuc,1994,Rossignol,1996)。
2.2. 二足vs四足パターン発生
ヒトのパターン発生器については、間接的なエビデンスしかないが、四足動物の研究を基礎とした神経リハビリテーションが行われている(Taub et al.,2002)。
進化において神経システムはすぐに変化するわけではないので、二足と四足で基本的な違いはないように思われる。locomotorパターンを決める求心性入力の収束のような重要な脊髄神経メカニズムは四足移動と二足移動ではほとんど似ている(Dietz,2002a)。
しかし、中枢メカニズムと末梢入力の間の関係は、いくつか異なる点がある。例えば、二足では直立位を保つような神経メカニズムが必要であるし(Dietz et al.,1986)、移動運動の自律性はサルやヒトよりもネコやラットの方が相当高いことである(Grillner,1986,Eidelberg,1981;Vilensky,1987,Dietz et al.,1995)。
ネコに比べ霊長類では皮質脊髄路の重要性が増加し(Vilensky and O’Connor,1998)、霊長類歩行は、より多くの脊髄上位ドライブに依存していると思われる。
3.ヒトの移動パターン-生理学的基礎-
ヒトのCPG活動のエビデンスは少ないが、ヒトの歩行の神経制御は、脊髄のCPGs活動によるという見解もある。
3.1. 移動制御の基本的メカニズム
脊髄介在ニューロンにおける脊髄反射回路や下行性経路の収束は、ネコ(Schomburg,1990)と同じように統合する役割を果たしている(Dietz,2002b)。適切な歩行パターンの選択は、中枢プログラムと求心性入力の組み合わせによって決まり、この情報が筋のシナジーを決めている(Horak and Nashner,1986)。
例えば、後進歩行では、股関節周囲筋活動のタイミングや皮膚反射の調整は前進歩行と同じプログラムによって決められ、ただ逆転して働いているだけである(Duysens and Van de Crommert,1998)。
中枢メカニズムと求心性入力は相互に作用しあっており、筋の反射の強さやプログラムによる筋群の相乗作用グループは実際のタスクに依存している。固有感覚と視覚と前庭覚の入力の割合は状況に依存しており、中枢プログラムで調整できる。固有受容反射を単純化したり、複雑な状況の中での反射機能を一般化したりすることは、誤った方向に向かってしまう。反射機能は実際の運動プログラムとつなげて評価するべきである。
3.2. 発達的側面
‘newborn stepping’と呼ばれる生得的な歩行パターンは哺乳類に特徴的であり、数週で消えて、9か月ころより生得的な歩行パターンと外界状況とを結び付け始める。この変化は、多シナプス脊髄反射の調整による筋活動パターンの変化によるものと解釈され(Berger et al.,1984a)、体が下肢を越えてステップするようなバイオメカニカルな変化に反映している(Sutherland et al.,1980)。
3.3. 下肢屈筋と伸筋の特異的コントロール
歩行中の屈筋と伸筋の違いは、屈筋の活動はより中枢からの決定が優位であり、伸筋の活動は固有感覚入力によって決定される(Dietz,2002b)。この仮説は以下による。
- 強いシナプス前抑制が屈筋のⅠ群求心性線維から伸筋のⅠ群求心性線維に存在する。伸筋から屈筋への影響は少ない(Iles and Roberts, 1987)。
- 下肢運動ニューロンへの皮質脊髄結合は伸筋より屈筋に強い(Brower and Ashby,1992)。
- 最近の歩行制御モデル(Hiebert et al.,1996)では、神経回路は両側の屈筋活動の相反的な抑制を制御しているが、伸筋はお互いに弱い結合しかない。
3.4. 四肢間の協調
歩行の調節には、両下肢の協調した活動が要求され、それは脊髄レベルでの柔軟な神経結合により行われる。
一般的に、遊脚相の開始は、支持相にある同側の肢に影響される。
3.5. 上肢と下肢の運動の協調
ヒトの上肢と下肢の筋の協調性と四足動物の前肢と後肢の協調性は似ている(Jones,2002)。様々な移動活動において上肢と下肢の神経的結合は存在しており(Wannier et al.,2001) 、よく協調した筋活動がみられる。この運動は固定された周波数で行われる。
H反射の研究から頚髄と腰髄の膨大部の脊髄固有ニューロンによる連結が示され(Baldissera et al.,1998; Delwaide and Crenna,1984)、一つの足部のリズミカルな運動の間H反射調節のサイクルが上肢でも観察される。
EMG反応の研究から、上肢と下肢の間には課題依存の神経結合の存在が示されている。(Dietz,2002a)(図1)。最近の研究ではこの協調的な運動の脊髄上位コントロールには補足運動野の関与が示唆されている(Debaere et al.,2001)。
a) 巧緻運動では、強い皮質-運動ニューロン興奮が優位になり、頚髄の固有脊髄ニューロンシステムは抑制される。
b) 歩行では、脳からの指令が介在ニューロンによって優位に伝達され、頚髄と胸腰髄の固有脊髄システムは結合されて、上下肢の運動が協調される。
3.6. 脊髄を分離した歩行パターン
脊髄完全損傷患者において、‘歩行様パターン’というものが示されている。このリズミカルな活動は、FRA回路からの末梢刺激によって調整される(Bussel et al.,1989)。
さらに、免荷トレッドミル運動を用いたエビデンスでは、より高い損傷レベルであるほどより正常なパターンに近づくと言われている(Dietz et al.,1999)。これは、イモリで示されているように、locomotor活動が頚髄レベルまでの神経回路に影響されることと一致する(Cheng et al.,1998)。最近の研究では、driven gait orthosis(DGO)(100%体を免荷しても下肢の運動を誘発できる)による歩行運動が示されている(Dietz et al.,2002)。これらの研究では、‘load receptors’からの求心性入力が、股関節の位置に関連した求心性入力と関連して、歩行パターンに影響することを示している。
4 パターン発生器の障害-運動障害
4.1. 痙縮
脊髄反射の中枢性制御が減弱した結果、短潜時反射の抑制が失われ、短潜時伸張反射の過興奮となる。これがさらに多シナプスもしくは、長潜時反射の機能的促通を減弱させる(Berger et al., 1988)。これが歩行中の下肢筋活動への固有受容情報を減少させる(Dietz, 2001,2002b)。現在では、下行性の信号が変わることによってCPGを通してどの程度反射活動に影響を与えるかは、定かではない。
痙性麻痺では、脊髄歩行プログラムは保たれているが、歩行中に皮膚(Jones and Yang,1994)や短潜時伸張反射(Sinkjaer and Magnussen,1994)の調整が障害される。
求心性入力の不適切な使用によって、地面の状態に合わせた筋活動の適応ができなくなるように下肢筋活動は変化する(Dietz,2000b)。
さらに2次的な代償的な適応が起こる。脊髄上位からの指令の減少は筋の機能に影響を与え(O’Dwyer et al., 1996)、モーターユニットは、筋緊張が低いレベルの神経構成に達するように変化し、運動障害に至る。それゆえ、Spastic gaitは中枢性運動システムの機能低下の代償と考えられる(cf. Latash and Anson,1996)。
4.2.パーキンソン病
パーキンソン病患者では、荷重に関連した求心性入力の不適切な使用によって、下肢伸筋活動が減少し、歩行障害へとつながる。これは、この入力を調整する脊髄介在細胞サーキットに対する脊髄上位コントロールの障害によると思われる。また、下肢の伸筋活動の減少は遊脚相における前脛骨筋の活動と関連している。この前脛骨筋の活動は、立位や歩行時における視覚システムの強力な制御を反映している。パーキンソン病患者では、伸展活動の減少の代償として、前脛骨筋の活動と関連した視覚フィードバックに頼るようになる。
5.脊髄神経回路の可塑性-リハビリテーションの観点
5.1.脊髄反射の可塑性
サルで脊髄損傷後にトレーニング効果があるということ(Wolpaw et al.,1983)は、脊髄内の神経回路で何らかの学習が可能であることを示している。ヒトでも同様に、トレーニングによって単シナプス伸張反射の変化を得ることが示されている(Wolf and Segal,1996;Van deCrommert et al.,1998)。
5.2.使用による可塑性-リハビリテーションアプローチ
脊髄ネコによる歩行練習を行うと、練習していないときよりも成功して達成することができた(Lovely et al.,1986,1990)。トレーニングにより効率的な情報が提供され、脊髄内で神経ネットワーク再構築が開始される。従って、脳卒中後などで歩行ネットワークが長期間使用されないことにより運動能力が低下し、反対に、使用依存の概念を適用することによって機能的な回復が可能かもしれない(Edgerton et al.,1997)。
脊髄損傷後の歩行能力の回復は、残っている神経経路の程度によるが、下行性脊髄路の10%が残っていれば歩行機能は回復する(Basso,2000;Metz et al.,2000)。完全損傷であっても、損傷レベル以下の神経ネットワークは歩行活動の発生に適応する(De Leon et al.,1998a,b; Wirz et al.,2001)。
5.3.課題特定可塑性
脊髄における感覚運動ネットワークの可塑性は、以前考えられていたよりも多いことがわかってきた。脊髄ネコで、運動課題トレーニングを中止するもしくは他の運動課題を行うと、以前トレーニングした課題のパフォーマンスは低下する(Edgerton et al.,1997)。これは、課題特定アプローチに利用される。
トレッドミルトレーニングのような適切な感覚入力の提供は、脊髄回路における最適な歩行出力のためにとても重要である。
様々な神経伝達物質システム(glycinergic, GABA-ergic systems)は繰り返し使用する適応に必要である(Edgerton et al.,1997)。また、歩行リズムを生み出すためにセロトニンが必要と考えられている(Schmidt and Jordan,2000)。ステップや立位のトレーニングパラダイムは抑制性の神経伝達物質(グリシン)を調整する(Edgerton et al.,1997)。
5.4.脊髄損傷患者における効率的な歩行練習
ネコでみられるようなトレーニングによる歩行のEMG活動と運動への効果が、脊髄損傷患者でもみられることは驚くべきことではない。トレッドミル上で60%程度の免荷でこれは達成され、よりシビアな患者ではswingを助ける必要がある。
脊髄損傷患者では、EMG活動パターンやタイミングは正常被験者に似ているが、振幅は少ない。EMG活動パターンは伸張反射によって発生するというよりも、脊髄レベルにプログラムされていると考えられる。
歩行トレーニングを行うことによって、下肢の不適切な屈筋活動が減少し、伸筋活動が増加する。
脊髄損傷患者に対して、特定の歩行トレーニングを行うことによって、脊髄のlocomotor centerが歩行機能を改善する効果があると言える。しかし、筋活動の変化はトレーニングの間にだけ起こっているかもしれない。
<私見>
CPGに関するreviewとしては、非常によくまとまっていると思われる。著者自身の文献の引用が多いため、内容はやや偏りがあるようにも感じられるが、脊髄レベルでのCPGのシステムや可塑性について臨床的に述べられている。神経生理学的な知見や脳卒中におけるCPGについては情報が少ない。
順天堂東京江東高齢者医療センター 大槻 暁