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Central Pattern Generation of Locomotion: A Review of the Evidence
Central Pattern Generation of Locomotion: A Review of the Evidence
脊柱内の神経ネットワークは脳への感覚入力から分離されている時でさえ、泳いだり歩いたりスキップの様な運動リズムを「中枢パターン発生器」(CPGs)として生み出す潜在能力を持つと言われている。
歩行は体幹・四肢の筋肉や多くの関節の協調を必要とする、複雑な運動行為である。
神経システムはこの複雑な課題を達成する為にどの様に処理しているのか、長年研究者の関心の対象おいになっている。20世紀初頭には、脊髄の中に存在するある神経回路が歩行を可能にしたという説が登場した。シェリントンは脳幹レベルで脊髄を離断する事で、大脳の働きを失ってしまったネコがはじめの第一歩を踏む運動が出来る事を実証した。
1年後にBrownはTh12の脊髄離断を受けたネコを使用してシェリントンと類似した説を発表した。「腰部脊柱に限られたメカニズムでも、後ろ足による前進する行為を決定するのに十分であった。」とBrown氏は結論付けた。多くの学者が上記の現象メカニズムを解明するのに何十年もかかった。
今日、意識的に末梢からの求心性フィードバックの援助なく、リズミカルな運動を発生させる神経細胞ネットワークは脊椎動物の多く存在している事が明白である。これらの特化された神経回路は「神経発信器」か「中枢パターン発生器」(CPG)と呼ばれる。CPGの研究は近年大変盛んになっている。
更にその回路で発生するリズミカルな活動は、時に生命機能の制御にも関わる。呼吸・咀嚼、嚥下を司る神経回路は脳幹に位置しているのに対して、移動機能を司る神経回路は脊椎に含まれている。
脊髄回路の検証の為に無脊椎動物や脊椎動物が使われている。一種の動物から得られたデータは他の種に必ずしも当てはまるとは限らないが、動物の動きを助ける一般的なCPGの神経構造はどの種族においても非常に似ている事が分かる。
移動のCPGsにおける根拠
1980年代半ばに運動制御の分野において大きな変化が生まれた。それは、かつて反射というものが動物の動きの基本であると考えられていたが、動きに欠かすことが出来ない基本的な要因として、反射よりも動きを司るものが存在すると考えられるようになった。
脊髄離断を受けた動物実験は、皮膚刺激・手足運動、又は薬物で興奮していると脊椎が定型的でリズミカルな運動を起こす事が出来る事を明らかにしました。胸椎の完全離断をされた後であっても、大人のネコをトレッドミルの上に乗せると後肢の交替と協調運動が達成された。これらの動きは四肢からの求心性入力が消失されたとしても持続する。
さらには、神経接合部の受容体をブロックし麻痺させる為の薬を使用して、動きのフィードバックを除去しても、移動パターンは運動ニューロンの前根に記録される。
知覚神経を破壊または除去された動物実験からも分かる様に、感覚・知覚入力は上記の様な定型的な決まった動きを生み出す為には必要とされない。しかし通常は知覚的なフィードバックは機能的働きには不要だとは言えない。
移動のCPGsへ上位脊髄が及ぼす影響
運動企画という概念が登場するまでは、随意的な動きと無意識な動きは二つの全く別の物だと思われていた。しかし、実はこの二つの動きは一つの連続したものである事が明確になっている。随意な動きと無意識に自動的に起こる動きはどちらも同一の運動プログラムのメカニズムによって司られている。
動物の動き・行動の中でそれがどの運動プログラムのメカニズムにより司られるかを決定するのはその動き・行動の起こる時の周りの条件である。
随意的な動きにおける随意というのは、その動きの根底にある目的と深い関係がある。
近年、上位脊髄の複雑さが明らかになってきた。コンピューターモデルを使った研究によると、網様体脊髄ニューロンからの入力が、様々な予測できない効果を上位脊髄のCPGにもたらしていると示されている。
GrillnerとMatsushimaの研究によると脳幹は様々な入力が集中する場所であり、視覚中枢や前庭部からの情報と共に、CPGからの入力情報も処理する役割もしている。その結果、動物は周りの環境から来る情報に対して反応を見せるのである。
Orlovskyは運動を支配する5つの機能を上位脊髄の部位に発見した。その機能とは、
- 脊髄の運動の為のCPGを作用させる。
- CPGの機能の強度をコントロールする。
- 運動中のCPGの科学的平衡を保つ。
- 四肢の動きを周りの環境に合わせて調節する。
- 動きの中で四肢協調のバランス調整をする。
等である。
脊髄内のCPGに残された役割は複雑な筋肉の動きを作り出しコントロールする事である。上位脊髄をコントロールする主な部位は大脳皮質、小脳、そして基底核である。大脳皮質の運動の知覚を司る部分を損傷した場合もネコは歩いたり走ったり、又は上り下り等を様々な速度で出来る。しかし、それ以上の複雑な動きになると大脳皮質の働きは不可欠になる。
皮膚のレセプターにもネコの運動に対して興奮を起こす機能がある。これによりPearsonが提示した求心性の知覚神経の2つ目の役割が分かる。つまりタイミングを司る機能の事である。
CPGsに対する神経修飾物質の及ぼす影響
今日までに判明した数々の事柄から、知覚的入力、特に四肢にかかる負荷と固有感覚が、機能的で適応性のある動きを生み出す為のCPG回路に必要な情報を提供していると考えられる。
様々な求心性の経路、例えばIa、Ib、II そして皮膚の求心性線維が、活動するCPGの回路と回路内でのシナプス結合を修正をすることにより、リズム運動を生みだす為の運動プログラムの最終的な形作りをするのである。
近年、神経修飾物質(neuromodulator)がCPGの機能的特質を修正、加減する能力がある事が認識された。脊髄上位の入力、知覚、そしてこのneuromodulatorの修正機能から分かる様にCPGは不変かつ、定型的な動きなパターンを作るのではなく、適応的で、順応性のある動きを作るのである。
Neuromodulatorは神経伝達物質の様なもので、血流またはそれより早いシナプスの末端を経由して送られる。そして神経伝達物質の効果を高めたり弱めたりする。
神経修飾物質は運動の活動を促進、抑制、又は開始する事によってニューロンネットワークの特質を変更する事が出来る。
CPGネットワーク内ではニューロンは、本質的なもの非本質的なものに分類される。前者はCPGに欠かすことが出来ないものであり、後者は他の神経系領域のCPGの活動を修正する為にある。脊椎動物の運動システムにおける神経修飾物質の存在は、普遍的なものに見えるが、特定のmodulatorの持つ機能は主にヤツメウナギと生まれたてのハツカネズミの脊髄を離断させた実験により、確立されてきた。
神経伝達物質(グルタミン、γアミノ酪酸、グリシン)と神経修飾物質(セロトニン、ドパミン)は移動のCPGの働きを促進する事が分かってきている。そしてペプチドなどは移動のCPGに対して神経修飾効果を及ぼす。
移動におけるCPG間の協調について
ヒトの歩行における体幹、四肢間の協調に関しても多くは解明されていない。Dietzらはスプリットベルト式のトレッドミルを使い、四肢の動きや協調の研究をした。対側速度を維持しながら同側速度を増加する事によって同側の腓腹筋と対側の脛骨前面筋のEMGの活動が増加する事を発見した。
推測としてCPG学習が成立する為には、脊髄ニューロンネットワークと部位に特異的な固有受容体との間に相互作用が起こらなければいけないからではないかと考えられる。
動物の運動訓練の研究
CPGニューロンニューロンを利用して、事故などにより運動機能を失ったヒトの機能を回復・再建する事の可能性に向けた研究が関心を集めている。この分野での動物やヒトを使った臨床的試験からの知見によると、CPG回路を利用する趣旨のリハビリ法は運動機能回復の可能性を高めるかもしれない。この時点では殆どのリハビリ法は実験的なものに限れているが、近い将来はより有望な方法がして主流となってくるであろう。
脊髄損症後のCPGの活動を回復、向上させる為の薬理的な実験の延長として神経組織移植実験もされている。脊髄を遮断された動物がトレッドミルを使って歩行機能を回復改善するという結果から、運動を引き起こす時に脊髄回路の使用依存性の可塑性の存在が示唆される。脊髄上位および末梢神経入力が変化した後の脊髄における機能的な可塑性に関する研究は少ない。
しかし末梢神経の損症後に運動を保持する為には、脊髄経路内で何らかの可塑的変化が起こるのではないかと考えられている。
Edgetonらは、トレーニングにより脊髄の運動ニューロンネットワーク内で機能的な変化が生まれる事で運動学習を可能にするという説を支持した。
ヒトの歩行再訓練
動物の運動機能回復の研究結果を直接ヒトにあてはめることには問題がある。乳児の歩行は四足獣やヒト以外の二足動物に類似しているが、成人したヒトの運動パターンはヒト特有のものであるからである。
Forrsbergは①の初発の踵着地 ②姿勢を決定する時点での負荷に対する感知・感応 ③骨盤と体幹のrotation等、ヒトの2足歩行の決定要因を識別した。Forrsbergらは後にヒトの歩行の成熟には脊髄CPG回路における再編成が関与していると仮定した。そして下等な脊椎動物よりも、ヒトにおいては広範囲にわたる脊髄上位への依存性が動き、運動の調整に関わっているとした。
このような理由もあり、CPGを利用また操作する事により運動機能の回復を促進する事は他の動物に比べヒトでは困難な事である。
ヒトの歩行が他の脊椎動物のそれとは明らかに違うという事は確実な根拠に基づいているのである。他の動物の研究結果を文字通りヒトにあてはめる事が不可能だという点でもう一つ考慮すべき事柄がある。それはヒトは脊髄損症後に起立姿勢を維持できないという事である。たとえ脊髄ニューロンの活動を回復する事ができたとしても平衡をコントロールする能力を失ってしまうことにより、ニューロン活動の有効性自体は失われる。それにも関らず、中枢神経系を損傷したヒトの運動機能回復に関する研究はいくつかのよい結果を生み出している。
移動CPGを最大限に利用するという臨床的な研究方法を支持する根拠が集まりつつある。しかしこのような方法はランダム形式の実験を数多く実施し、又改善の根底にある生理学的なメカニズムが更に探求されるまでは完全に正当化する事は出来ない。他の動物の場合と違い、完全に脊髄離断されたヒトを動かす為に必要な神経の仕組みのすべてが脊髄内にあるという事を証明するだけの根拠はまだない。
将来の方向性
脊髄が運動を引き起こす能力の研究は大変有益なものである。そしてそれは生理学、行動学両分野でのCPGの解明にかかっている。次の4点はこれからも追及されなければならない。
- CPG介在ニューロンの場所、個々の識別
- 外因性内因性両方の運動ニューロンのCPG活動における働き
- 知覚、脊髄上位からの作用、四肢の協調、神経修飾物質間の相互作用
- ヒトの脊髄の運動を妨げるメカニズムの質性
哺乳類の運動パターンを引き起こすシステムは大変複雑で、今後も上記4点の追求の為には神経モデルの継続的な開発は不可欠となる。同時にコンピューターモデルでの利用、研究も実験による調査と拡張していくべきである。
CPGは脳・脊髄の間の情報の相互作用と
- 末梢のレセプターからの知覚フィードバックにより形どられる
- 神経修飾物質により再形成された
最終的な動的アウトプットに左右されている。
分子、細胞、細胞間のレベルからはじまり、行動学上のレベル等、それぞれのレベル間での相互作用のリサーチを進めていく事で一ずつ動物と人間の動きの謎が解き明かされるであろう。
<私見>
脊髄が運動を引き起こす能力の研究は有益なものとされ、盛んになってきている。生理学、行動学の両分野で、CPGの解明の為の臨床的な研究が数多く記されている論文である。
大阪回生病院リハビリテーションセンター 春本千保子