上級講習会報告「Assessment and treatment of patients with Parkinson’s disease」
順天堂大学医学部附属順天堂医院 理学療法士 田口瞳
成人片麻痺上級講習会報告 2009年2月
講師:Patricia Anne Shelley
アシスタント:新保松雄 会場:順天堂医院
報告者:順天堂大学医学部附属順天堂医院 理学療法士 田口瞳
文責:新保松雄
1.はじめに
今回、順天堂大学医学部附属順天堂医院にてPatricia Anne Shelley先生によるボバースコンセプト上級講習会を受講させていただく機会を得たので報告します。
2.講習会の紹介
2009年3月16日から3月20日までの5日間、Patricia Anne Shelley先生(IBITA認定シニアインストラクター)と新保松雄先生(IBITA上級講習会インストラクター候補生3月16日時点)の2名で行われ、受講生は15名(理学療法士9名、作業療法士5名、言語聴覚士1名)でした。今回のテーマは「Assessment and treatment of patients with Parkinson’s disease」で、パーキンソン病を中心に進行性核上性麻痺や多発性硬化症などの変性疾患患者の評価と治療についての講習会でした。パーキンソン病をテーマとする上級講習会は日本だけでなく、世界でも初めての試みだそうです。
5日間の講習会は、Patty先生、新保先生による患者治療のデモンストレーション4回、ワークショップ2回、講義1回、受講生による患者治療5回、実技練習8回で、比較的講義は少なく実技練習が多い構成となっていました。神経生理学的な解説というよりは呼吸・循環・消化器系への影響を、患者治療やデモンストレーションを通して私達に示してくださり非常に感動の多い講習会でした。
<プログラム>
3.受講生による患者治療
治療実習は1日1時間30分、計5回行われ、初日と最終日に患者様へアンケート調査を実施しました。質問は以下に示す14項目で、疼痛や姿勢だけでなく、睡眠、呼吸、循環、消化器系などについての内容となっていました。Patty先生は自律神経系と中枢神経系の関係性、また自律神経系と末梢神経系の関係性も重要であるとおっしゃっていました。
- Do you sufffer from pain? If so, where is it?
- What activities aggravate it?
- What would you like to be able to do better functionally?
- How is your own balance ? ( Good , Alright, Poor)
- Have you fallen over recently?
- Can you turn over in bed? ( Yes, With help, No)
- Do you sleep well?
- What position do you sleep in mainly? (On your back/on your side(right or left)/on your stomach)
- How many hours do you sleep for before waking up?
- Do you get short of breath?
- Do you have difficulties in eating?
- Do you have difficulties with you speech?
- Do you have problems with hot and cold?
- What would you most like to improve on this week?
今回治療実習に協力していただいた患者様で、前後のアンケート結果が得られた症例6名について分析しました。症例はパーキンソン病、進行性核上性麻痺、多発性硬化症で、各症例のADLは歩行可能からADL全介助な方まで様々でした。今回、14項目中8項目(疼痛・バランス・睡眠・呼吸食事・会話・皮膚温)について、改善・不変・悪化・不明に分け改善度を調査しました。結果を以下の表に示します。
結果は、改善54%、不変31%、悪化0%、不明15%でした。調査結果について考察すると、不変の31%については初回からその項目に問題がないと回答されていた方がほとんどでした。不明についてはコミュニケーションが困難で初回に十分な情報が得られなかった方が1名と、皮膚温で不明と評価した1名は初期は皮膚温を感じないと回答していたものが最終時に冷たいと感じるようになったという結果であり、これを客観的に評価することが困難であり不明としました。
4.デモンストレーション・ワークショップ
デモンストレーションは計4回行われ、Patty先生と新保先生がそれぞれ1名ずつを2回にわたり治療されました。ワークショップは計2回行われました。各セッション1症例ずつ紹介します。
<デモンストレーション>
症例:
70歳代、男性、診断名はパーキンソン病で5年前の発症。主訴は、声が小さくなってきたことや便秘があること、今年に入って2回の転倒があり、突進現象や立位・歩行時の後方へのバランスの不安定性を訴えていた。また数年前に胃癌の部分摘出術の既往がある。今回セラピー開始時は奥様と杖歩行(監視レベル)にて来室された。
目標:
①話せるようになること(話せることでQOLが上がる)②便秘を解消 ③freezeの改善
治療仮説:
肋骨を自由にできるか、対称的なアライメントになるか、深い呼吸ができて呼吸の許容量が増加するか、それにより腸の動きがよくなりfreeze の改善や転倒が減ることへつながらないか
評価:
左側肋骨の可動性低下が著名(第10肋骨が腸骨の内側に入り込んでいるようなアライメントとなっている→骨盤のlateral tiltが困難)、胸郭のねじれが生じていることで横隔膜もねじれてしまう、側腹部にスパズムがありそれが腸のねじれ、便秘につながっている可能性が高い。
治療:
症例は背臥位では胸郭の可動性が低かったため、側臥位からのアプローチとなった(→どちらの側臥位の方が胸郭の可動性が出るか?)側臥位で胸郭の可動性の改善を図る。ストレッチしているわけではなく、肋骨が変わればBOSも変わる→肋椎関節が伸展→体幹伸展→rib cageのmobilityの向上→骨盤のtiltの向上をねらって治療が進んだ。またPatty先生が胸郭にアプローチしつつ呼気とともにゆっくり発声を行っていった。より良いアライメントになることで、呼吸も発声もしやすくなっていった。肋骨が良いポジションに入ると、横隔膜が働いて呼吸・発声しやすくなるが、この症例の場合、スパズムもあり、『ボタン(=key point:治療する上でうまくいくポイント)』が移動していってしまうので、そこを捉えてアプローチすることが難しいと話されていた。ねじれを修正し、肋骨・脊柱が良いアライメントになるとselective extensionが行いやすくなり、アライメントを整えることで、体の奥の組織(内側)からfacilitateできると話されていた。治療後は呼吸・発声・寝返り・立位バランス・歩行ともに良くなっていた。
その他に治療中または治療後にPatty先生は、rib cage は意外とrotation,twist していること、trunk mobility が改善すると呼吸が改善し横隔膜の働きが変化,core stability へ影響を与えることができるということ、spasm がある状態でpassive に動かすことは避けるべきで自身でどのぐらい動けるかをみてから動かすこと、また術創周囲をさわる際は慎重に、sensitive な場合は deep structure に問題がある可能性があるのでいきなりは避け少しずつ、一度にすべてがわかるわけではないので少しずつ何かが剥がれていくように見えてくるものもある、ということをおっしゃっていた。
<ワークショップ>
症例:
60歳代、男性、診断名は進行性核上性麻痺。4年前に左手の振戦にて発症。1年前に進行性核上性麻痺と診断された。2月下旬に肺炎にて入院され、その後経管栄養となった。病棟にてADLはほぼ全介助、リクライニング車椅子にて来室。頚部が過伸展し口は常に開口し口腔内は常に乾燥していた。眼球は右上方へ上転し、車椅子座位や呼吸は苦しそうであった。仮面様顔貌が強く、こちらの質問に対して時折返答がみられたが、非常に小声であった。ほぼ発語は認められず、うなずきなどによるコミュニケーションが可能であった。無動が強い方だが、声かけをすると立ち上がりの誘導に対して立位が可能であった。しかし端座位では頭部過伸展と眼球の上転を伴って後方へ転倒していき、その一方で、上部体幹は屈曲を強めており、ベッドに対してリラックスすることは困難であり、背臥位をとることはできなかった。
目標:
コミュニケーションの改善、車椅子姿勢の改善をめざす。
治療仮説:
体幹と頭頚部、下額、舌のmid lineを獲得し、エネルギー消費を減らすことにより安楽な呼吸へと導くことで、表情の変化や、車椅子姿勢の改善が得られるか。
治療:
背臥位は患者にとって楽な姿勢ではなく、ウェッジを挿入し頭部が比較的過伸展にならない位置を探した。て下肢・頭部をやや挙上位、体幹や四肢もポジショニングをした姿勢で治療が進んでいった。頭部や頚椎、顔面の細かい評価から顔面と頭頸部、頭頸部と下顎、頚椎と舌骨の関係、舌骨と鎖骨、肩甲舌骨筋との関係性を少しずつ解決していった。同時に、上肢のパターンを伸展・外旋方向に変えていった。そのうち、患者さんは頭部の少しのエッジを入れた背臥位で、非常に安楽そうな表情でリラックスして眠ってしまい、Patty先生は眠ることは決して悪くないとおっしゃっていた。
治療の中でPatty先生は、すべてのセラピストが、患者がどうやって呼吸をしているのかに関心を持つべきであるということ、表情や発語でのフィードバックが難しい状態であることをきちんと理解して、セラピスト側の推論を押し付けないようにすること、neckとfaceは同時に捉え頚部と表情の関係をよく考えること、パーキンソン病の患者さんに「気づき」をもたらすことで、自身で変化を感じることができるとpositiveな要素が増える、反対にnegativeな感情(治療によって与えられる苦痛など)は学習を阻害する、ということをおっしゃっていた。
感想としては、治療実習でもPT、OT、STで行い非常に重症なケースであったにも関わらず、患者さんの頭部・目・口の動きが解き放たれ、呼吸や発声、表情の変化とともに患者さんがactiveになり、エネルギーを外に向けて活動的になっていく姿が印象的であった。治療後、端座位をとったり、問いかけにうなづいたり、Patty先生を目で追ったり、セラピストの両上肢の軽い介助で歩行できたりと(発語する機会が増え、歩きたいという意思を伝えることができた)、セラピスト側にも多くの喜びや希望を与えてくれるワークショップとなった。
5.講義
新保先生による講義が初日に1時間30分行われました。『Assessment of Parkinson’s disease』というテーマで、前半はパーキンソン病の歴史や病態、薬物治療や外科治療、大脳基底核による運動制御機構についてのお話があり、その説明があった上でパーキンソン病患者の分析・評価、postural controlについてのお話がありました。内容の一部をご紹介します。
<歴史>
1817年に英国のジェームス・パーキンソンが「振戦麻痺」というタイトルで小冊子に著した。1890年代になって、シャルコーによって報告者の名にちなんでパーキンソン病と命名された。1910年代にはこの病気で亡くなったヒトの脳にレビー小体という封入体があるという重要な発見があった。1920年代には脳炎後にこの病気とそっくりになるひとが多発し、注目された。1950年頃には、この病気のヒトでは黒質の神経が減っていることがわかった。1950年代の終わりには、線条体のドーパミンが減少していることが明らかになり、L-ドーパ治療法のもとになった。
<大脳基底核による運動制御とパーキンソン病>
基底核からは視床-大脳皮質に投射されるループと、基底核から脳幹に投射するループがある。それから皮質から脊髄への経路(皮質脊髄路)があり、これは精密な運動、随意運動の制御を行っている。基底核からは抑制性のGABAが放出、基底核から皮質を経由して脳幹へグルタミン酸(促通的な支配)が放出されている。基底核から脳幹へGABAも放出されており、脳幹はダブル支配となっている。基底核は皮質も脳幹の機能にも大きく関わっている(私達は大脳皮質が色々なことをやってもいると思っているけれども実は基底核がコントロールしているかもしれないと言われている)。また基底核はlimbic systemとも強いconnectionがある。モチベーションや価値判断、好き・嫌いなど。また基底核はAutonomicのセンターも近い。パーキンソン病は、黒質(緻密部)のドーパミンニューロンの変性・脱落→ドーパミンの減少→基底核からの出力(GABA)が増加する→大脳皮質・脳幹の活動低下→随意運動の減少、筋緊張亢進、歩行障害などがひきおこされる。その他モチベーションの低下、認知機能低下、自律神経系にも障害が及ぶ。パーキンソン病は局所の障害ではなく、全身にその影響をおよぼしている。
<分析・評価>
- Activity and participate (活動と参加:患者がこうなりたい、できるようになりたいということを評価)
- Problem analysis Which components? (問題分析、どんなコンポーネントが必要か、セラピーの対象になる。)
- One real goal (現実的な目標を:セラピーがどんな機能的な目標につながるか)
- Treatment plan: Time table(一定期間のプラン立て)
<観察>
- 筋の適応的な抗重力活動をもっているか?:伸筋だけでなく屈筋も
- ある姿勢セットから他へ動いていくことができるか?パーキンソン病では次に動いていくことが難しい。どのようにしたら動いていけるか?
- 体幹の選択的運動そして安定した体幹と関連した四肢
- どのような代償的戦略をとっているか?
- 機能的リーチのための適切な運動パターンは?
- HAT(Head- Arm- Trunk ):評価するときにHATにfocusをあてて、位置関係、アライメント、姿勢反応を見ていく。HAUTAB(Head-Arm-Upper-Trunk-Against-Base of support ) という見方もある。BOSに対してhead, Arm, Upper trunkがどういう位置関係にあるか?関連性はどうかを見ていくことで早く分析していける。
<posture control>
- postureには2つの主要機能がある。①抗重力コントロール(引力に逆らう身体セグメントの集合体で、総合的な構成の蓄積を必要とする)、②知覚と動作とのインターフェース(すなわち、外界と身体の間の相関を制御する)(Jean Massion, Alexei Alexandrov; Progress in Brain Reserch, Vol.143,2004)。
- 先行随伴性姿勢調節:運動しようとする前、あるいは同時に、姿勢を安定する機構、フィードフォワード的に働くシステム(実験によってわかってきている…筋電図・床反力計、ネコ・ヒトでもやっている)がある。運動する前・間中・後までも姿勢が安定して働いている。言い換えると、postural set という言葉が当てはまるかもしれない。セラピーについて、いかにPostural setをつくるか? さらにPostural setを自己修正できることが大事。患者もそれを学ばなければならない。そして運動の効率性を追及する。最初は意識しても患者にも学んでもらわなければならない。そのことはcarry overにつながる。
- 先行随伴性姿勢調節についてパーキンソン病について書かれている文献がある。先行随伴性姿勢調節についてパーキンソン病では姿勢調節がないわけではなく、不足している。その不足は寡動とは関係しない。姿勢のbackgroundがないから寡動が起こるわけではない。パーキンソン病の患者は、運動における準備過程(先行する計画)の不足、プランを立てることの不足、だと考えられている(Journal of Neurology, Neurosurgery, and Psychiatry 1995;58:326-334)。
6.実技
実技は具体的な治療テクニックを教えていただくのではなく、むしろHuman Movementの分析・評価が主でした。背臥位、寝返り、立位、ステップ、座位、立ち上がりについて体幹の選択的運動に着目しpatternやmidline、BOSなどを評価し、なぜそのようなpostureになっているか、どこからどのようにfacilitationしたらよいかを各グループでディスカッションし、興味深い受講生を選びデモンストレーションしながら行っていきました。それに加えて、パーキンソン病の患者ではどのようなpostural controlをとっているかということを考えながら行っていきました。
また以下に示すように、Patty先生は各セッションでその行うべき課題やポイントとなる点を模造紙に書いて説明してくださいました。
7.まとめ
今回、パーキンソン病をテーマとする初めての上級講習会でした。Patty先生の治療の中で、患者の機能的な面はもちろん、その背景となるような呼吸や循環・消化器系のことに関してもダイレクトに影響を与えていくことが非常に印象的でまたその治療展開の速さにはただ感動するばかりでした。
また、最終日に新保松雄先生が上級講習会インストラクターとしてqualifiedされ、その瞬間に立ち会えたことも大変嬉しくすばらしいことであり、非常に貴重な経験をさせていただいた上級講習会であったと感じています。