上級講習会報告「移動とリーチのクリニカルリーズニング(症例検討)」
2017年ボバース上級講習会 講習会報告
成人片麻痺上級講習会報告 2017年2月
講師:伊藤克浩
会場:山梨リハビリテーション病院
山梨リハビリテーション病院 理学療法士 服部 慎
関西福祉科学大学附属総合リハビリテーション診療所 理学療法士 玄 安季
富士いきいき病院 作業療法士 川出 隼也
Report on Advanced Course on Bobath Approach by Katsuhiro Ito in 2017
REPORT
Yamanashi Rehabilitation Hospital Shin Hattori,RPT
Kansai University of Welfare Sciences General Rehabilitation Clinic Aki Gen,RPT
Fuji Ikiiki Hospital Junya Kawaide,OTR
1.はじめに
2017年2月13日から17日までの5日間、山梨リハビリテーション病院にて、上級講習会インストラクターの伊藤克浩先生による成人片麻痺上級講習会が開催された。受講生はPT8名、OT2名の計10名と少人数であり、「移動とリーチのクリニカルリーズニング(症例検討)」をメインテーマに行われた。デモンストレーション2症例、ビデオケース1症例、ワークショップ5症例の計8症例を受講生全員で討議し、Clinical reasoningにより問題点の違いや介入手順の違いを共有することが主軸におかれた講習会であった。(表1)
2.講義
Postural and Balance Control
1)第一印象を大切に
中枢神経疾患の患者を診ていく際に、なぜ第一印象を大切にする必要があるのか? 「こわばった表情」や「非麻痺側の頑張り」、「危なっかしい(落ち着きがない)」「立った途端に傾いてしまう」等、何故そうみえているのか?臨床家として推論する必要がある。そこには医学用語で説明出来ない脳障害の本質があり、それをクリニカルリーズニングによって解釈して説明し、インターベンション(介入)によって変化を求めるのが臨床家(ボバース概念に基づく神経リハビリテーションアプローチ)であることを強調されていた。
2)姿勢制御について
姿勢制御において脳幹網様体が重要な役割を果たすことが知られているが、その近くにはpapez回路という情動(喜怒哀楽)や動機づけに関与する大脳辺縁系の機能がある。大脳辺縁系とは扁桃体や海馬を含む大きな構造であるが、中枢神経系の働きに、生物に特有の目的性を与える構造と考えられている。その判断価値により自分にとって価値のあるものに対して門を開く青斑核神経細胞が脳幹全体を賦活させ、全身の筋活動を賦活させると言われている。これは「ぼんやりしてつまらなさそうに見える」といった第一印象がその人の姿勢制御を反映していることが考えられる。その人にとって価値や目的のある活動だからこそ姿勢制御が働くと話されており、passiveにhandlingを行うと姿勢制御は働かない。また、運動学習においては7割成功し3割失敗するような課題を提示し介入することが大切と話されていた。
3)予期的姿勢制御と精緻運動
6野から一次運動野に情報が送られる前に、姿勢制御のプログラムが網様体を下降して脊髄の腹内側を経由し姿勢制御のための筋を働かせ、Postural set(運動の準備の構え)を作らせる。(予期的姿勢制御=APA’s)例えばペットボトルへ手を伸ばして取るという課題において、その運動を実行する前にこのシステムが働く。(予期的姿勢制御)そして遅れること約100~300mm秒後に精緻運動のプログラムが一次運動野(4野)へ送られ皮質脊髄路を介して運動指令が送られ運動が実現する。
臨床場面においては、本人の能動性を引き出すことが大事で、実際に麻痺側手に動きが生じづらくても、親指を出そうとするプロセスが大切であることを強調されていた。そのためにも本人の能動性を引き出すような課題設定や環境設定が重要な要素であり、道具の使用、Hands onで末梢からの感覚入力をいかに行うのかが非常に重要であることを話されていた。
4)Human bipedal standingとは
足底からの情報変化を受けいれる能力のことで、Ground reactionによるキネティックチェーンにより促通される。骨盤の前後傾、床―骨盤をつなぐ2関節筋の働きの組み合わせが必要と話されていた。また、前庭系システムが関わるdisplacement(移動・置換)に対する姿勢調整能力(ダイナミックバランス)である。これには感覚入力が重要で、coreの筋活動が要求され、立位の中で姿勢調整することでしか学習できないと話されていた。
感覚入力とは下肢からの足底の皮膚・固有感覚情報のことで、背側脊髄小脳路を介して小脳に上行させ前庭系システムの調整を助ける準備をする。
5)運動行動における感覚入力の役割
感覚入力なしでは、制御・学習・変化・改善はない。運動のため正確なフィードフォワード指令を可能にする。諸感覚を統合し、運動学習に必要な内部モデルを構築する。感覚入力と運動指令の小脳による遠心性コピーによって運動は常に磨かれ、予測された感覚フィードバックと実際を比較し、修正される。
内部モデルのなかで、順モデルは感覚入力と運動指令のコピーに基づき、運動指令を実行すると現状がどのように変化するかを予測し、身体図式の更新に関わる。逆モデルは、目的にかなった運動をするのに筋や関節をどのように動かすかという運動指令を作成する。これはAPA’sを説明できる。
移動(歩行)の神経科学
1)歩行の神経機構
歩行における3つの重要なプロセスとして、①正確な制御を必要とする随意的プロセス、②逃走など情緒的プロセス、③歩行時のリズミカルな肢運動や姿勢調整などの無意識に遂行される自動的プロセスが挙げられる。
歩行において、一歩目を出すためには姿勢制御としてPostural stabilityとPostural orientationが重要である。姿勢を空間に定位するためには身体図式が必要となる。自分がまっすぐに立っているのか、左右のどちらかに傾いていないかどうかは、体性感覚システムや前庭システム、視覚システムが統合されて得られる、Multiple sensory references(BOS、Gravity、Body to Objects)によって作られる。そして、body segments、taskに対する環境と身体との関係が維持され、Vertical orientationという、立位姿勢の中でCOMを高い位置に保ち、空間に垂直に姿勢を保つことが出来る。但し、これは止まって垂直に立っている時や真っ直ぐに歩いている時、重力との関係において垂直定位が必要で、動き出すと変化していく。
2)Central Pattern Generator
歩行には、GaitとWalkingがある。Gaitとは、脊髄より上位の学習によって意識的に行われるものである。例えば、足を一歩出して歩き出す時のことをいう。Walkingとは、脊髄回路の学習や末梢入力のコントロールによる無意識で自律的に生じる。これは脊髄の中にある、CPG=Central Pattern Generatorによるものである。
CPGとは、自動的にリズミカルな共同的動作を発生させるニューロン群やニューロン回路のことをいう。CPGは脳幹と脊髄に存在し、咀嚼・呼吸・ひっかき運動などの、様々な脊椎動物の運動に貢献している。
CPG内の活動やCPG活動の結果引き起こされる運動パターンは主に次の3つの要因によって影響される。
- 大脳皮質や脳幹といった上位中枢からの入力
- 求心フィードバックの種類と入力の程度:リズミカルに歩いて、リズミカルに戻ってくる左右からの感覚情報によってCPGが駆動し続ける。
- 求心性フィードバックに及ぼす手足と身体位置の影響:腸腰筋や腓腹筋、ヒラメ筋が伸張した際に生じる筋紡錘からの情報が他の筋肉のスイッチを入れるしかけがCPGにある。
特に、腓腹筋からの入力情報が脊髄後索を介して、再びCPGに働きかけていることや、メカノレセプターという足底の圧受容器からの入力情報も脊髄後索を介してCPGへ働きかけていることが重要となる。
CPGは固有脊髄路を使って上下にも連絡している。これは中枢と末梢部の間でも連絡していることを示唆している。例えば、立脚後期に股関節の屈筋である腸腰筋が伸ばされた信号がCPGに戻ってくることによって、反対側の足関節背屈筋にスイッチが入るようなしかけが脊髄の中にあることが示唆される。
以上のことから、CPGの切り替えにおいて重要となる求心性情報は、下腿三頭筋Ib線維の伸張刺激や足底の機械受容器から送られる荷重に関する情報と、股関節屈筋群の長さによる股関節の位置情報がある。
これらの求心性情報は立脚と遊脚相の切り替えと各々の相を強化する。また、求心性情報はCPGに影響し、CPGは外部環境に適応するために適切な求心性情報を選択する。
下腿三頭筋は体幹の抗重力伸展活動の基盤となり、体幹の全身の力を生み出し、そして足関節戦略を促通する。
3)立脚相の要素と評価・治療のポイント
- ステップ肢位での両側・麻痺側片脚を支持にした、反応性、予測的姿勢制御
- 骨盤~下肢体幹の抗重力同時活動と上部胸郭の回旋を伴う分節運動(Core Control)
- 骨盤の選択的後傾と側方傾斜
- 足部の感覚とアライメント
- 速さとリズム
- 麻痺側上肢の問題
リーチに伴う上肢・手の機能
1) 上肢・手の機能の概要
上肢・手の機能の概要としては、reach(移送)、grasp(把握)、manipulation(操作)に大きく分けられるが、prehension(把握・補足・捕まえる)という知覚の要素が重要であると話されていた。
2)皮質脊髄路の機能と随意運動
皮質脊髄路は大脳皮質からの直接的な経路であり、皮質―運動ニューロン接続の発達は脊髄のセグメンタルメカニズムへの直接的な皮質修正を可能とし、脊髄器官の固定したシナジーを壊すことを可能にした。これは、肩や肘の運動に関係なく手指を独立して動かすことができるようになったことを意味している。
3)二つの運動野:新運動野と旧運動野
①二つの運動野
一次運動皮質は旧運動野(多くの哺乳類でみられる部分)と新運動野(高度な霊長類にみられる)に分けられる。新運動野は皮質運動ニューロンに直接つながり手指の巧緻動作の生成と制御に役割を持つ。旧運動野は脊髄の中間地帯で終わり、脊髄の介在ニューロンや前角に連結し、運動指令を調整し、肘や手関節の動きを制御する。
②新運動野
新運動野はM1ニューロンの軸索を下降して、直接的に運動ニューロンに単シナプスで接続する。中心溝の前壁(a4p野)にあり、手指を一本ずつ動かすときの筋肉(小指外転筋・短母指外転筋・第一背側骨間筋)を収縮させる。これは、精密把握(prehension)と呼ばれ道具を使う運動野である。また、中心溝の前壁には関節の固有感覚や被服感覚入力を担っている。そのため、新運動野は感覚入力においても重要である。
③旧運動野
旧運動野は・M1ニューロンの軸索を下降して、介在ニューロンを介して間接的に運動ニューロンに多シナプスで接続する。中心溝の前で皮質表面(a4a野・6野)にあり、手首を動かす筋肉群を収縮させる。これは、握力把握(grip/grasp)と呼ばれ手を動かす運動野である。
4)頭頂葉での感覚処理
皮膚からの情報と、深部からの情報とは視床中継核でも交じり合わず、前者は第一体性感覚野の3b野に、後者は3a野に投射する。一時体性感覚野のなかでの上昇処理は単純から複雑へと階層的に進行し、その間に刺激が加わった身体部位が分かるという受動的な感覚を超越して、対象の認識という高次の知覚への変換が生じる。これらは2野で統合され、対象物のエッジや形選択性となりアクティブタッチとして機能している。
5)Bimodalニューロン
視覚入力と体性感覚入力の両方に発火するニューロンである。5野で体性感覚と視覚が統合される。主に中心後回の前方部に到達した体性感覚情報は、後方に向かって階層的に統合・処理が進み、頭頂間溝部皮質で視覚情報と統合される。身体両側の統合と身体図式の形成に関与している。
Bimodalニューロン活動の検索において、道具によってその身体イメージが延長する。これは反復して学習し、経験によって作られていく。
6)肩甲帯
肩甲帯の正常なアライメント(=scapula setting)とは肩甲骨が胸郭に張り付いたような状態にあり、前額面に対して前方に約30°回旋している。そのためには下角が胸郭上に安定することが必要である。前鋸筋と僧帽筋の共同作用であり、これらの筋は肩甲骨を胸郭に固定するのに重要な筋である。背面の筋では大小菱形筋が肩甲骨の内転と体幹の伸展に、広背筋と胸腰腱膜が骨盤との連動に重要である。
Scapula settingされることがリーチのためのプロトラクションにつながると話されていた。
7)Reach リーチ
リーチは運動課題により、①目の動きのみが必要なもの、②目―頭部運動の組み合わせが必要なもの、③目―頭部―体幹―下肢運動の組み合わせが必要なものに分けることができる。
リーチはフィードフォワード制御が優位に働く。肩関節・肘関節・手関節との関節角度も同一目標に対しては運動速度に関係なく一定であり、この戦略は乳幼児期から徐々に発達してきたものである。
8)Grasp 把握
把握のためには手が目標物の形、大きさ、手触り、そして使い方に適応していることが必要になり、視覚制御による影響が強い。また、目標物の定位、身体からの距離、身体との位置関係など、他との関係から生じる特性も視覚制御による。
指は上肢が移動される間に適切な動きを行い、適切なタイミングで目標物をつかむような形になること。(把握する目標物特性を予測して行われる)
9)Reach Grasp & Digitisation
リーチアウトは臨床的に手の活性化から始められる。母指は上腕三頭筋、示指は三角筋、小指は回内・外のための安定性を保証する。また、手指の伸展の回復は手関節の運動回復に必要となる。手指からの指向性がprehensionに重要である。
解剖学的な側面として、No man’s landは滑走不全を起こしやすいこと、手の機能的回復には内在筋が重要である。虫様筋の機能は細かいものを取ろうとしたり、つまんだりする動作の中で発揮される。骨間筋の機能は掌側骨間筋と背側骨間筋のMP関節前額面における作用と小指外転筋が小指を外転させている。第一背側骨間筋には示指外転作用がある。母指CM関節は虫様筋と骨間筋の複合作用の結果として3Dに動くことができる。手関節周辺は痙縮や弛緩によるアライメントの変位が強く出現しやすく、橈背屈の可動域を確保することが重要である。手の治療に向けて上腕の外旋と前腕の回内の可動性が重要である。
神経学的な側面として、リーチと把握の2つの構成要素は、調和して起こり、異なった神経機構によってコントロールされ出現する。リーチは赤核脊髄路、網様体脊髄路による近位部のコントロール、把握は皮質脊髄路のコントロールによる。
手関節と中手指節関節の伸展の活性化が、赤核脊髄路システムを通じて起こり、赤核脊髄路システムがむしろリーチと把握が含まれた課題志向活動で重要な役目を持っている(明確にはなっていない)。手関節の構成要素の活動が増加すると肩の安定性を大きく促通する
10)臨床場面の実際
- ①リーチプロセスの準備
- ②体側での自由な肘の動き―肘の独立
- ・・・良いアライメント
- ③正確な回内外―長さを出す
- ・・・筋の適度な長さ
- ④手関節の形成
- ・・・良いアライメント
- ⑤手内在筋の活性
- ⑥実際の対象操作
3.デモンストレーション
症例紹介
性別・年齢:男性、57歳
診断名:心原性脳塞栓症(右中大脳動脈領域)
障害名:左片麻痺
機能レベル:
移動は車椅子自立。歩行はT字杖+GSD使用し60m見守り。歩行は非麻痺側肩内旋固定位で杖を使用。麻痺側立脚期は股関節伸展・外転支持が不十分。足部の背屈は不十分であるが可能。上肢機能は、麻痺側肩に更衣時の痛みあり。末梢の随意性は不完全ではあるが手指屈伸は可能。リーチアウトが不十分。
事前VTRでの評価・解釈
車椅子からベッド移乗時に立位での左後方への不安定さがあり左股関節伸展・外転活動の不十分さが伺えた。座位にて前方の台に左上肢を乗せる課題では、時間の経過と共に徐々に屈曲位となり台から落ちてしまう場面があった。また落ちるまで気づいていない様子であり、身体図式の乏しさが伺えた。歩行はT字杖歩行見守りで可能ではあるが、非麻痺側肩甲骨拳上、肩内旋が著明であり、そのことがより麻痺側下肢の屈曲位での股関節戦略を助長させていた。
<一日目>
車椅子座位姿勢から介入し左ブレーキ操作評価。何とかブレーキまでリーチ可能もしばらくするとブレーキから手が外れてしまった。手指機能は比較的良好(外側皮質脊髄路)であるため、リーチに必要な肩甲帯の安定性を図る必要があると介入を進めていった。また、リーチなど空間での上肢操作には骨盤帯~下肢の支持が伴うため同時に足部の状態・骨盤~股関節への治療の必要性を話されていた。
更衣動作については、左上肢が衣服に対して向かっていくというより、腕に着させるように右上肢が努力的になる余り、体幹が捻転し左上肢が屈曲してしまい非効率的になっていた。更衣の特性として①両上肢を外転し体幹から離れていく長い手であること、②衣服のハリの検知のために左右間の協調性を促す必要性を話されていた。その為、右上肢の過活動への介入の必要性を話されていた。疼痛に関しても同様に、肩甲帯の不安定性と筋の短縮などの二次的な障害を指摘していた。
車椅子座位にて、左下肢のアライメントを中間位に修正した後、両上肢placingから立ち上がりへ誘導した。左下肢支持でのステップへと誘導しstop standingにて座位へ移行していった。移乗については、VTR時より左股関節伸展・外転要素が改善されている印象であったが、依然として不安定性を指摘していた。
Optimal sittingから右側への横座りへ誘導していた。右上肢を体側に付き体重移動を促しつつ、同時に左内外側腓腹筋・ヒラメ筋の活性化と股関節内旋要素を促通していた。
静的場面では右上肢の固定要素が強いため、横座りのような機能的な非対称肢位をとり、右側へも固有感覚情報を絶えず入力していくことで右側の過活動をコントロールしていく目的であると話されていた。足部を活性化した後に右側臥位へと誘導していた。左股関節周囲筋のweaknessを指摘され、足関節背屈・外反を保持したなかでよりactiveに左股関節伸展・外転活動を促通していった。次いで、左肋骨の可動性を引き出した後に左母指からdistractionしていく中で上腕三頭筋を促通しリーチ・更衣に必要な要素を改善していった。
右側臥位~起き上がりへの誘導の中でも、右肩関節内旋が強く頭頸部は固定的であった。左肋骨が十分に右側へ回旋し腹臥位に近い形での起き上がりを誘導していた。日常的に繰り返される起き上がりの仕方にて右側優位の運動パターンを誤学習し、結果的に左側の潜在性の低下を指摘しており、効率のより起き上がりの再学習の必要性を強調していた。
一日目の最後には、ブレーキ操作が可能となり左肩痛が軽減していた。
<二日目>
担当セラピストの付き添いのもと、T字杖+GSD使用し歩いて来られていた。一日目のキャリーオーバとして、左上肢placingの追従性が向上し疼痛は軽減していた。
座位での左上肢機能評価として、水の入ったペットボトルへのリーチ動作を実施。左膝より下方に位置したペットボトルへのリーチは可能。しかし左膝辺りへは肘の伸展が不十分で到達が困難であった。潜在機能として把握としての手の機能は持っているがリーチ活動が不足しており、そのための肩甲帯の安定を促す必要があると指摘していた。
左大胸筋・小胸筋をグラスプし、肩鎖関節を軸にパターンイン(肩甲骨拳上、前傾)させた後、肩甲骨下角をセットさせ可動性と安定性を促すよう介入していった。次いで、上腕二頭筋は内側、上腕三頭筋は外側へ筋アライメントは偏移しており、疼痛に注意し筋アライメントを修正した後に肩関節外旋へ誘導し体側へCHORとなるよう促していった。
依然、左翼状肩甲を認めていた。前方の台に前額部を軽く接触させ、両肩甲骨を内転方向へ誘導し寄せ集めるよう口頭指示し両菱形筋、広背筋を促通していた。徐々に肩甲骨内転・下制+上位胸椎伸展の活動が得られ左肩甲骨のアライメントが修正されていった。背面筋が両側に活動し肩甲骨がフレームとなることでmid line orientationの促通を期待していると話されていた。
次に左手指への治療へと移行していった(実技参照)。手指の介入は、手指機能そのものの機能改善に加え肩甲帯の安定性を促す目的と話されていた。また、手指へ介入(皮質脊髄路)がシナジーを飛び越えると表現されており、ネコが顔をこするような一側上肢が一塊の屈曲位での運動ではなく、手と肘の分離・選択性を促すことができると強調していた。ペットボトルへのリーチ動作では、母指・四指を把持し対象物への操作へと移行していた。リーチへ移行する前に、ペットボトルの置いてある位置・形・内容量・銘柄等を確認させていた。
多方向から覗き込ませ、視覚情報から過去の経験を元にリーチ前の構えをより効率的な方向へ誘導していると話されていた。リーチ→グラスプまでは円滑に可能となるものの、リリース時に掌屈優位となり肘伸展位でのリリースの不十分さが伺えた。上肢・手の機能としてprehensionという知覚の要素が重要で、特にペットボトルの底から反力情報を知覚するダイナミックタッチが不十分であると話されていた。
最後に、Hands offにて座位でのリーチ動作を再評価し肘の伸展が可能となり膝辺りへのリーチが可能となりペットボトルの把持が可能となった。更衣動作についても、左上肢の空間での保持が可能となり疼痛なく可能となった。
4.実技
リーチアウトと把握
(Reach Grasp&Digitisation)
1) Scapula setting~上腕外旋コントロール
①座位時における肩甲帯周囲の評価。大・小胸筋の位置が垂れ下がっている、短縮が生じている等評価する。一度、パターンの中に入り肩鎖関節を軸に肩甲骨を拳上させる。大・小胸筋をsummationさせ鎖骨の上方回旋を促し肩甲骨下制・内転方向へ動きを入れ、胸郭上に安定するように誘導。体幹が不安定であれば反対側上肢がCHORとなるようを誘導。(図1、2)
②上腕二頭筋、上腕筋、上腕三頭筋の筋アライメントを評価し適切な位置に修正していく。
③十分な上腕骨の外旋コントロールが得られた後、母指外転・前腕回外・肩関節外旋・外転し三角筋後部線維、カフ筋群を促通する。母指を後ろへ向けるよう口頭指示にて促していく。この際、体幹の代償が生じないように注意する。(図3)
末梢に情報をいれplacingし空間でさらに上腕を外旋し肩甲骨の安定性・選択性を促していく。体幹が留まっているうえで、肩甲骨がprotractするよう促す。手先だけで動かすのではなく、セラピストは体の動きによって誘導していく。(図4、5)
2) 立位~prone standing
①両上肢から立位へ。(図6)
前方に台を置き両肩甲骨から広背筋の長さを引き出しながらprone standingへ誘導していく。この時、広背筋が短縮している側から誘導し体幹が屈曲しないよう注意する。(図7、8)
②肩甲帯に介入するため、完全に腕の重さを取り除く。そのためにタオルや台を使用し調節する。ポジションが不十分であると腕の重みで肩甲骨の可動性が得られにくくなるので注意が必要である。反対側上肢は、可能な範囲で上方リーチの肢位をとる。
③肩甲骨下角をきちんと安定させ、上腕骨頭と肩峰側を前外方向(拳上・外転・前方突出)の動きを出していき、下角の安定を外し更に広背筋の長さを引き出す。次いで、上腕骨頭と肩峰を把持し安定させ、もう一方で肩甲骨下角を把持し可動性及び広背筋の長さを引き出しScapula settingへ誘導。この操作を繰り返していく。(図9)
④上腕骨頭と肩峰を把持し安定させ、もう一方で肩甲骨内側縁・外側縁を把持し細かく内⇔外側方向へ肩甲骨に動きを入れスキーマにあげていく。
⑤広背筋の長さや肩甲骨の安定が図れたら上方リーチ方向へ誘導しさらに広背筋、上腕三頭筋の長さを引き出す。(図10)
⑥手を頭の後ろに組むように誘導し、肩甲骨外旋+Scapula settingへ誘導し広背筋および菱形筋を促通する。対側も同様に操作し両側性に筋活動を促通する。痛みを伴う場合は個々に評価し注意して進める。(図11、12)
⑦そのまま立位へ誘導する。(図13)
3) 手内筋の促通(Reach Grasp&Digitisation 図14~21)
①上腕の外旋コントロールを維持した中で上腕二頭筋および腕橈骨筋・円回内筋を把持し、尺骨の上を橈骨が動くよう誘導し適切な回内外を促す。
②上腕二頭筋は皮質脊髄路支配であるため、十分に筋活動を促し上腕三頭筋の長さを引き出す。
③前腕回内位にて手掌の開きを引き出すために母指と小指球を交互に安定性と運動性を促す。
④母指球(母指内転筋)を把持し、CM関節の可動性を引き出し小指側の安定の上で前腕回内外位へ誘導する。
⑤母指を安定させ小指外転させ小指外転筋を促通する。抵抗をかけながら行うと運動のイメージがつきやすい。
⑥母指球および小指球を安定させ、示指の内外転から第1背側骨間筋を促通する。
⑦包み込むように手指間に指を入れこみ、虫様筋を促通する。⑧実際の対象操作へ移行していく。
5.おわりに
本講習会ではディスカッションの時間が非常に多く、少人数であることから満遍なく受講生同士と様々な意見交換ができた。また、講義内容と実技・デモンストレーションの関連性が明確で非常に理解しやすい内容であった。
伊藤先生のデモンストレーションでは、繰り返し強調されていた“第一印象から、何故そうみえているのか?”の本質を紐解き、評価・治療へと進めていく中で、介入前後での印象の変化がとても印象的であった。改めて第一印象をクリニカルリーズニングすることの奥深さを再確認できた良い機会となった。
最後に、伊藤先生をはじめ事務局である山梨リハビリテーション病院の菊池信先生、小嶋淳嗣先生、陰ながら準備をして下さったスタッフの方々に感謝致します。