上級講習会報告「Quality of life after neurological lesions」
TOP > 会員用ページ > 講習会参加報告 > 上級講習会報告「Quality of life after neurological lesions」
2017年ボバース上級講習会 講習会報告
成人片麻痺上級講習会報告 2017年10月
講師:Gerlinde Haase・石田利江・Gabriele Eckhardt
会場:順天堂大学付属練馬病院
報告者:受講者一同
文責:野上雅史・清野卓
1.はじめに
2017年10月9日~13日までの5日間、順天堂大学付属練馬病院にて、シニアインストラクターのGerlinde Haase先生、上級講習会インストラクターの石田利江先生、上級講習会インストラクターのGabriele Eckhardt先生による成人片麻痺上級講習会が開催された。受講生は理学療法士14名、作業療法士 2名の計16名であった。本講習会のテーマは、「Quality of life after neurological lesions」であり、神経学的病変後の生活の質について5日間、講義及び実技、デモンストレーションが行われた(図1)。
2.講義
1)Quality of life after neurological lesions.
患者は長い人生の間、病気になったある期間の中でその後の生活の質のために学習をしなくてはならない。そのためには、患者自身が治療過程の中で能動的に関わる必要がある。
臨床的な回復とは、どのような理由(回復・代償・代用全てを指す)であれ全て回復と呼ばれる。患者が完全に回復することは難しいが、その中でも最小限の制約の中で動けるような状態まで改善、適応させることが重要である。そのためには、その人に残っている潜在性をなるべく最適な状態に導くことが必要である。
患者の回復過程の中で生じる適応には代償と代用という2つの要素がある。例えば、歩くために杖が必要な患者が悪い適応(患者さんは歩行のスウィングのために身体を屈曲して足を出す)をしたら、杖を代償のためにも使える。しかし、良い適応(左片麻痺として、患者が左足に体重の90%程度は荷重させることが出来るとしたら、残りの10%は杖を使って補う)をしたら、それは正常な杖歩行のために必要な代用となる。つまり代償と代用は違い、適応のためには、なるべくその人がノーマルな運動パターンを行えるようにすることが重要である。そして、この適応には、私達セラピストのスキルが必要だとゲリンデ女史は強く説明をした。患者が最適に学習できるためには、テクニックではなく、クリニカルリーズニングをして、患者の潜在能力をみつけて、それを患者自身が1日の中(セラピーが外れた時間も)で学習していけるようにしていく24時間コンセプトで考えなければならない。この適応のスキルをセラピストがやらなければ、患者は代償を使って日常を送ることになる。そのためセラピストのスキルは、適応を促し、代償を最小限にすることである。
また、ゲリンデ女史は、臨床実践における運動の質を高めるための行動戦略として『運動における気づきのサイクル』(図2)を解説した。それは、「contact(接触)」 — 「explore(探索)」 — 「experience(経験)」 —「integrate(統合)」— 「create meaning(患者自身による意味付け) 」— 「master(習得)」 — 「reflect and conceptualize(振り返り・概念化)」という学習サイクルである。「contact」は、動きの質の向上や新しい動き方のexploreに必須とされ、刺激的な「explore」は、患者の好奇心や学習の良い刺激となる。「experience」は新しい動き方の「integrate」や理解、さらに気づきにも必須な要素である。「create meaning」は、経験した動きをADL場面へ波及することが出来る。「reflect and conceptualize」は、次の学習の準備としてとても重要である。そして、新たな動きや課題の学習、また同じ課題でもshaping(段階づけて難易度を上げる)の学習へとサイクルしていく。患者が「contact」から「conceptualize」までにはたくさんの時間が必要とされる。また、学習サイクルで「conceptualize」まで至る過程でセラピストが介入する際の“促通”については、「修正」ではなく「導く」ことが重要であり、患者とセラピストが一緒に動きを行い、同じように感じ、Passiveにならないように注意をすること。さらに、学習にはその人に合った個別的な導きが必要であると解説した。
最後に、運動スキルの学習に必要なことについてゲリンデ女史は話をした。まず患者自身が自分の状態を知ることが重要であり、次の運動を遂行するためには身体に何が起こるかを感じられる必要がある。課題の中で、どのような感覚・知覚・さらにはどのシステムを使うことで、うまくいくかを経験・理解する。感覚システムは能動的なものであり、使い方次第で感覚入力も変化する。患者が身体の状態を知っていたら、自分の感覚フィードバックとなって次の運動に使用できる。その感覚がうまく使えたら、次の運動の予測につながり安全な動作遂行に繋がる。そのための最適な姿勢コントロールに重要な要素は、 “重力”と“バイオメカニカル(可動性やアライメントなど)”の2つであり、最適なコントロール下の運動−感覚フィードバックのループは運動の結果を正確にする。脳卒中後の脳は正しい運動指令からの感覚結果を予測することを、今までとは違う麻痺した上下肢で学習しなければならず、それには受講生が実技練習を通して感じるように、患者も多くの時間を要することを覚えておく必要がある。
2)Clinical Reasoning in the Bobath Concept.
Vaughanはクリニカルリーズ二ング(臨床推論)を、「病態の理解や標準的治療の研究、その他様々な治療方法の比較等の多角的な視点を基に、批判的考察を継続的に行っていく問題解決の過程」と定義している。クリニカルリーズ二ングをどのように行うか等のガイドラインは存在しておらず、広い視点から、様々な知識を動員して考え立てていく必要がある。それは、病態的な知識や技術的なことだけでなく、患者自身のことや患者を取り巻く環境の理解が重要である。例えば、患者が何十年も農家を営んでいる場合、不整地の中でも木にはしごをかけて上ったり、果実であれば害虫から守る為に袋をかけたり等、患者の生活や趣味活動に特化した課題と運動が存在している。その課題を構成している要素を知り、運動を理解することは、患者がこれまでしてきた事柄を深く認識することに繋がる。これは、患者の可能性や生活の質に直結していくものであるため、非常に重要な過程である。もし、セラピストが患者の趣味についての知識が乏しい場合は、患者から教わりながら進めていくと良い。患者とセラピストの双方が、ゴール・目的に向かって進んでいくことが重要である。クリニカルリーズニングを深める為に、ゴール設定の考え方を知る必要がある。ゴール設定は、患者の活動や参加のレベルから、患者自身が設定していくものである。その際に参考となる指標がGoal Attainment Scaling(以下:GAS)である。GASを図3に示す。
GASの中には、SMART が含まれなければならない。SMARTとは、Specific(具体性)、Measurable(測定可能)、Attendable(実現可能)、Relevant(関連性)、Time limit(時間制限)の頭文字を取った言葉である。例えば、「もっとよく歩けるようになる」等は、SMARTとは呼べない。全く具体性が無いからである。「信号が変わる前に横断歩道を渡り切るために、10m歩行を8秒以内で歩く。期間は5日間」などの「質」が明記され、治療から24時間を通した変化を、毎回の治療毎に確認していくGASは目標を設定し効果を判定するために有用な手段である。
ゴールを設定する時は、患者のどのシステム (Neuromuskular/Biomechanics/Sensory/Perception/Cognition/Emotion)が障害されて、どの問題が生じ、そのための代償はどのように行っているのか、臨床的手がかり(Critical Cues)は何なのかを慎重に考えなければならない。ゴールから遠ざかった時、あるいは速く到達しすぎた時は、クリニカルリーズニングを間違えている時である。患者に起きている問題がなぜ生じたのかを自分自身に問い続けることによって、クリニカルリーズニングの間違えを修正したり、変えたりすることができる。効率的で効果的な治療においては、この過程が最も重要である。
3).Activation – Shaping – Repetition.
講義はModel of Bobath Conceptual Framework (MBCF)(図4)を基に進められた。
ボバースコンセプトとは“考える”コンセプトであり、我々セラピストは常に考え続ける事を止めてはならない。特に「principles – 原理・原則」である7つの要素の全てを含むのは他の手技・概念にはないボバース固有の物であり、逆に言えばこの7つ全てを考慮した内容でなければボバースとは言えない。それらを網羅した上で今回は「methods – 方法」の内容を中心に解説された。
「activation‐活性化」相手が活動を起こすために必要な感覚(空間、支持面、固有感覚)を与える事で相手自身がactivateする事を求める。これには反応を要求した上で、待つ事が必要である。セラピストは反応を待たずに動かしてしまうことが多い。反応しない人というのは存在せず、呼吸等ごく小さなものかもしれないが反応を感じ取ることが必要である。またactivationには相手自身の能動的な探索が求められ、トライアンドエラーが必要である。
「shaping – 段階付け」元は心理学から来た概念であり、新しい反応や活動を教える際に活用される。実施可能な範囲に落とし込む為にshaping-downをし、次の段階に行く為にshaping-upをしていく。この「段階」は広い意味を含んでおり、神経筋活動における難易度に留まらずICFにおける心身機能―活動―参加の段階等、様々なcomponentsの集積の結果の「段階」となる。そのため、知覚や自律神経系等も含めた多角的な視点で捉え、それぞれに対してshapingすることが必要である。例として症例のデモンストレーションを挙げた。麻痺は比較的重く、症例にとって階段昇降は3人介助を要するほど身体機能的には「高い段階付け」であったが、身体知覚においては気付きを促しやすい「低い段階付け」だった。
「repetition – 繰り返し」他の治療手技の中での「繰り返し」は「トレーニング」として用いられることが多いが、ボバースコンセプトにおいては学習の為の文脈を形作るシステマティックな手法として用いられる。同じ内容の単調な繰り返しではなく、環境や動きの組み合わせによる多様性のある繰り返しを求める。また対象者にとって最も学習が必要とされる段階に「shaping」された内容で繰り返す必要があり、それは代償のない「質の良い」繰り返しであることが条件である。これを日常生活の中で行えるようにする事が24時間アプローチであり、その為には対象者が自身に求められている要素への理解が必要である。繰り返されることによって機能から活動へ、活動から参加へと進む。
3.実技
1)pAPA’s & aAPA’s
セラピストとのやり取りにより、患者役の身体のAPA’sを生み出す要素の確認と本人の気付きを生み出す為のpracticeを提示された。
評価:背臥位。患者役は自分の身体の左右差(浮き具合・押し付け具合)、一側の下肢を立てる際にどちらが重くなりそうかを予想する。※以下の工程の中で随時変化の確認を行う。
- BOSの確認(図5a)。セラピストは体幹~下肢、頭頚部、上肢と支持面に沿って触れていく。この時、セラピストと患者役が同じフィーリングを得られるようなやり取りを行う。
- pAPA’sとしての腹部の活動が低下している側の下肢を立てる。この時、下肢は末梢から動きの流れを作りながらdiagonal line(図5b)に沿って立て、最も筋活動の均衡が保てるgravity line上に乗るよう微調整を行う。同側上肢のprotractionに伴う腹部・胸郭の活動、bottom up等、pAPA’s個別性に合わせた促通を行う(図5c)反対の下肢も立て、立てた下肢に向かって diagonalにreachする。対側の下肢にmobilityを求め、pAPA’s・aAPA’sとしてのstabilityの活動を促通する(図5d)。
2)impairment versus compensation
日本人の文化的背景として、股関節のmobilityが不足した中での胡坐による骨盤帯~胸郭のstiffnessが多く存在する事、胸郭に存在する関節の多さとそのmobilityの重要度の解説から実技が開始された。
評価:背臥位での胸郭周囲の関節・支持面の状態の確認。上肢protraction。股関節を90°屈曲した状態で内外旋の状態を評価することにより座位~立ち上がりの動態を予測する。
-
- 支持面に対してポジショニングを行い、両下肢を立てる。下肢を一側へ倒していく(図6a)。この時、末梢から動きを連続させ、且つ分離させながら行う。動かす方向は、相手が動きやすい方向を探し、決定する。上側の膝~同側腋窩・背面を通るdiagonal lineの長さをみる(図6b-c)。
重力・呼吸を利用し、胸郭・上肢帯・頭頚部の長さをdiagonal line上で作る。工程の中で生じたStiffnessに対しては皮膚や筋に直接触れて感覚を入れ、into the pattern-letting goを呼吸と同調させながら行う(図6d-e)。
- 患者役に「どこから戻りたいか」を聞きながら、分節的に背臥位に戻る。
このpracticeは治療であると同時に主軸は評価であり、一連の工程が終了した際にセラピストと患者は、患者の身体状況を共有している状態とならなければならない。また、工程の中で生じる問題点は個別性があるため、ポジショニングや誘導の方向・方法は人によって異なる。
4.デモンストレーション
<症例紹介>
- 年齢・性別:70歳代・男性
- 診断名:脳梗塞(中大脳動脈領域、発症から約2年経過)
- 障害名:左片麻痺
- 機能レベル:移動は車椅子、臥床傾向が強い
<全体像>
車椅子にてADLは介助レベル。介護は妻が行っており、訪問リハとデイサービスを利用。自宅へのアプローチに階段があり、現在は昇降機を使用している。以前は毎日散歩や運動をしていたが、発症以降は日中臥床傾向で活動性に乏しく、臥位介入では傾眠傾向になりやすい。麻痺側に対し注意障害・左半側空間無視がある。また、「困っていることはない。」「なんでもできる。」と実際の身体機能と症例の発言にはギャップがある。
症例の内観としては、各動作を症例自身で行えると感じていた。実際に各動作を行うと、全ての運動開始を非麻痺側優位に使用し、介助が必要な状態であった。麻痺側の空間だけでなく、身体に関しても無頓着で知覚が困難な状況であった。症例は各動作を行うためには、非麻痺側を強化する必要があると認識していた。また、麻痺側に関しては、更なる回復は期待出来ないと感じていた。
治療展開:1日目
1.階段昇降・歩行の評価・介入
症例とのコミュニケーションを通して、今現在、症例自身が何を問題と感じ、何を目標にしているかの共通認識構築から開始した。その際に、症例の自己認識と身体機能に大きなギャップを感じた。症例が「外も歩ける」「階段もできる」とのコメントに対して、実際の階段を使用して昇段の評価を実施した。階段昇段は、麻痺側下肢の支持性の低下が著明、さらに非麻痺側への体重移動も困難で、非麻痺側と上部体幹にて固定的な代償を強めており、2人(麻痺側・非麻痺側より)の介助にて実施。昇段後に症例からは「難しい、大変だった」。さらに、どうしたら昇りやすくなると思うかと問いに「右(非麻痺側)を強く」「左(麻痺側)は治らない」とのこと。その後、より脳幹に対して活性化していく必要があるとのことで、階段降段・歩行にて屋外まで移動した。その際は、非麻痺側と上部体幹の固定をハンドリング通してコントロールし、体幹と麻痺側下肢の立脚期を症例自身でコントロール出来るよう誘導していった。そして、歩行後に症例から、「左(麻痺側)を強くしないと」とコメントが変化していった。さらに、麻痺側に対しての身体だけでなく空間へも注意が向くようになっていた。初回の介入後、目標とした発症前の習慣である神社参拝の再開を達成するための現時点での段階付けとして、まず「二本の足で立つこと」。そして、2ヶ月後に500m歩行して参拝することを目標として共有した。
治療展開:2日目
2.臥位での評価・介入
前日の介入を通して、非麻痺側上下肢が動作の開始時に先行して活動しやすく、過剰に固定する傾向がみられた。座位から臥位へ移行する際と臥位での寝返り動作を通して、胸郭の可動性を症例の活動を通して介入していった。この際、呼吸(特に呼気)と重力下の中で麻痺側上肢にfocusを向けて、両側の胸郭のletting goを促し可動性を確保するとともに、麻痺側へのWeight Shiftと麻痺側下肢へのDiagonal Lineの連結を作った。また、臥位での介入でも、常に体性感覚・視覚からの感覚刺激を与えているようで、症例も覚醒が低下することなく介入が進められていた印象を受けた。さらに、非麻痺側側臥位になる中で、非麻痺側体側部の長さを、麻痺側肩甲骨のプロトラクトから広背筋の長さを引き出していった。このポジションを自宅でも行える自主訓練としてご家族にも伝えていった。
3.座位での評価・介入
座位へと移行していく中で、麻痺側股関節周囲と体幹の活動性の乏しさが顕著であった。症例と共にそれを確認し、さらに麻痺側下肢を強くすることを共感する。そこで、semi sittingにて重錘を使用し体幹・麻痺側下肢の活動を促していった。さらに重さを上げ、症例も意欲的に課題に挑戦し、症例の意欲を掻き立てる様な介入に感じた。高めた体幹筋を使用してsemi sittingからsittingへと移行していった。座位では、活動を高めた体幹と麻痺側下肢に対して気づきを促すために、左右・下方へのリーチ活動、足組み動作の症例の活動を通して麻痺側からも知覚出来るよう介入していった。その際、麻痺側に対してもさらに注意が向くようになった。そして、症例の妻に麻痺側へ座ってもらい普段の会話をするよう行い、主介護者である妻が自宅でも行える自主訓練を同時に伝えていった。
4.立位での評価・介入
立ち上がりでは、依然前方への重心移動に不十分さは残存するも、先行的な非麻痺側の固定は軽減し、麻痺側下肢の支持には介助を要さずに可能となった。結果、前日に目標としたhands offにて立位保持も可能となった。そして、ハンドリングにて下部体幹のコントロールのみで、麻痺側立脚期をコントロールし、歩行へと移行していった。前日の歩行と比べても、麻痺側の過剰な固定は軽減し、麻痺側下肢立脚期の支持性の向上が得られていた。歩行後は、症例も疲れはある様子だが明らかに表情が変化しており、今まで無頓着であった麻痺側下肢を撫でるような仕草もみられた。
5.まとめ
デモンストレーションでは、症例の身体機能・能力の変化はもちろんだが、mindやperception、さらにはemotionの変化がとても印象的であった。症例のイメージと身体能力にギャップが大きい患者を経験することが多いが、その患者に対して、本当の意味で真摯に向き合う手段の一つを学ぶ事ができた。また、患者への介入には各動作の構成要素を理解することが必要であり、運動分析を行っていく重要性を学んだ。正常人においてもバリエーションが多いため、トレーニングを継続していきたい。