上級講習会報告(4)デモ編
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デモンストレーション編
成人片麻痺上級講習会報告 2010年1月
講師:メアリー・リンチ
会場:ボバース記念病院
報告者:講習会受講生一同
文責:真鍋清則
1. デモンストレーション1
講習会初日と2日目に、真鍋先生によるデモンストレーションがメアリ先生のスーパービジョンのもとに行われた。
デモンストレーション初日
青雲会病院 理学療法士 鹿島 智江
1)全体像と活動・参加レベル
症例は50歳代男性、2009年8月2日に脳出血(左被殻出血) を発症、右片麻痺、失語症、構音障害を呈した。言語理解、コミュニケーションともに良好であった。
図12
2)初期評価
屋内歩行は、T杖歩行可能だが、麻痺側の立脚期では下肢の支持性低く、足指は屈曲し、足底は外側接地のため支持面が狭くなっていた。
麻痺側上肢は肩甲帯不安定であり亜脱臼があるため、ハーネスを使用していた。
肘関節軽度屈曲、手関節背屈制限あり、手指屈曲し、浮腫も見られた。
立位は、非麻痺側下肢は固定的代償になっており、下肢はダイナミックに働くことができない。また、非麻痺側優位な荷重で、非麻痺側に依存しており、非対称的な姿勢であった。
そのため、歩行時の、一歩は麻痺側より踏み出す。意識すれば、非麻痺側からでも可能だが、足元を確認し(視覚的な代償) 、時間をかけると可能であった。
3)治療
症例は胸郭・腰部は硬く、肩甲骨は外転と下制に位置している。肩甲帯の安定性に乏しくpoor scapula setting、重心を前方に持ってこられない。また、前方への重心移動への誘導に対し、抵抗を感じ足指の屈曲の代償が見られる。重力に抗した姿勢を作るためには、前後への重心移動が必要である。立位姿勢を得るためには、コア・コントロールと踵での荷重が重要だと説明された。
治療の準備として、安定した支持基底面BOSの獲得のため、右下肢の随意的な足指の屈曲の減少の治療を行った。安定した支持基底面BOSの獲得と同時に、立位で踵に重心を移動させる治療を展開した。重心を踵に乗せることで、体幹は後方に行き、腹部の筋活動が可能となる。そのため、図12のような筋連結を伴った筋収縮を活動させることができる。結果、立位がとれ、上肢を前方に挙上することができる。
図12
その後、前方へ配置した治療台を参照点とし、中枢部・体幹を安定させた。コア・コントロールの改善により、頚部と肩甲帯の分離を促した。結果、肩甲帯と上肢の関係をつくることができた。この時、腕を動かすのではなく、肩甲帯の動きを感じ、筋の短縮などの変性の評価をしながら行う。下肢の分離性のためには、骨盤の後傾と膝のリリースを誘導する立位の停止stop standingを実現する。結果、下肢の過剰固定を減少させる。頭頚部・体幹を長く保つように抗重力的な体幹の動きを行った。
4)結果
w 麻痺側肩甲帯の安定性を認め、両側の肩関節の位置が左右対称となった。
w ハーネスを使用しなくても良い。
w 麻痺側上肢、肘関節・手指の屈曲軽減(過活動の減少) し、リラックスが可能となった。
w コア・コントロールを獲得し、腰椎の過剰前彎・腰部の固定的使用、非麻痺側上下肢の代償と過剰活動の改善が認められた。
w 歩行は、T杖を使用せずに安定した歩行が可能となった。
最後にセラピストに対する注意として、①症例には歩くことに意識をさせない、②杖に依存した歩行戦略をやめさせる、③視覚の過剰な代償をやめさせる、と説明があった。
デモンストレーション2日目
西広島リハビリテーション病院 理学療法士 松下 信郎
1)初日からの仮説と問題点の整理
①杖を使用し歩行可能だが、麻痺側の筋の弱化weaknessにより支持性の低下がみられる。歩行時に皮質レベルからの随意的なコントロールでステップを作ろうとするため、麻痺側遊脚期では努力的な振り出しとなり、足部のひきずりがみられた。
②立位ではコア・コントロールや麻痺側の近位部の安定が得られないため、非麻痺側や腰背部を代償的に利用している。そのことが相反的にコア・コントロールを不十分にしている。
③末梢は随意的な運動をもっているが、近位部のコントロール低下により固定的に使用している。
2)昨日からの変化点
昨日からの変化として、杖を使用せずに自室から歩行されて来られた。これは本人が希望されて行われたとのこと。歩行は足部をひきずることなくステップが行えているが、内反はみられる。また、麻痺側の上肢においてはハーネスを使用しておらず、昨日よりも肘の屈曲は軽減しており手指もリラックスしている。
昨日の治療により代償的な活動が減少していることから、プローン・スタンディングprone standingではなく立位から治療を開始された。立位にて麻痺側上肢と上部体幹のアライメントを整え、麻痺側足部の小指外転筋を刺激し重量解除deweightを行ない、抗重力方向へ持ち上げるハンドリングによって 足部の滞空placingを誘導して後方へステップする。大腿四頭筋を活性化するために膝蓋骨の下縁から大腿四頭筋を持ち上げるように把持し、もう一方の手で踵を保持する。下肢の長さを保ったまま、足部だけを選択的に動かしていく中で、コア・コントロールや大腿四頭筋の活動を高め、下腿三頭筋の長さを出していく。大腿四頭筋の活動が高まってくると股・膝関節の伸展を保ったまま、より垂直方向へ伸びていく感覚を与えていく。この立位場面の中で下肢のアライメントを修正し、下部体幹の安定性core stabilityが活性化するように治療された(図13)。
抗重力伸展活動が促通されることにより両側下肢での安定した立位が可能となったが、立位では麻痺側の股関節の屈曲が残存し下肢の長さが十分に出せないため、背臥位での治療を選択された。活動的背臥位active supineになっていくためには活動的坐位active sittingが必要で、そのためには立位の停止stop standingが重要と説明された。背臥位になっていく過程の中でもコア・コントールを失うことなく対称的な背臥位をとることが可能となった。背臥位では末梢の足部からのコントロールにより長い下肢を作り下部体幹の安定性core stabilityの活動を高めていった。
図13
4)結果
立位での非対称性が減少し、歩行場面では内反傾向だった麻痺側下肢のコントロールも改善し、踵も接地しやすくなり歩容の改善がみられた。固定的に使用されていた麻痺側上肢に関しては、肘の屈曲は軽減しており手指の可動性も改善されていた。
2. デモンストレーション2
阪南病院 理学療法士 橋口 伸
講習会3、4日目は、日浦先生によるデモンストレーションがメアリ先生のスーパービジョンのもとに行われた。
1)全体像と活動・参加レベル
症例は左脳梗塞、右片麻痺、失語症を呈している41歳、女性。広範囲な病巣、外減圧術を受けられており左頭蓋骨の一部がはずされた状態であった。コミュニケーションは簡単な質問ならば、はい・いいえでの返答が可能なレベルであったが、いろいろなものに過剰に反応する傾向があり、連合反応の強まるような環境設定、姿勢や動きは可能な限り排除していくことが望まれる状況であった。普段の移動手段は車椅子であり、病棟内では自走可能なレベルであったが、年齢的にも若く、小さなお子様が二人いることを考慮すると、更なる身体の活動性が望まれた。
2)評価
車椅子坐位では右上下肢の重度な低緊張があり随意運動は困難で、右体幹のみならず左体幹の低緊張により身体図式body schemaが乏しいことが窺われ、左体幹の低緊張が左上肢の引き込み、左股関節屈筋群の固定的活動を強め、結果、右上下肢の連合反応が強まり、活動性の乏しい臨床像を呈していた。
3)第1回目の治療と結果
治療介入は車椅子坐位からの移乗動作から始められ、左体幹の分節運動と低緊張への治療により、左体幹の活動を高めると同時に左上肢のリーチ、正中線交叉、右足保持姿勢、坐骨支持への重心移動へと誘導し、先行随伴性姿勢調節(以下、APA’s)の活動による抗重力コントロールを崩さぬよう、常に右肩のアライメントを整えながら、身体図式body schemaが作られていった。移乗動作は右の方から座っていくことにより、右側を支持に使用させていった。立ち上がりの際、右下肢の連合反応を出現させないため、右足部が床反力の刺激を感じられるよう、足部への治療を実施し、立位保持に対する右下肢の筋活動を高めていった。治療前は介助にても、立位保持ができなかったが、治療の最後には、1人が右側、もう1人が左側、さらにもう1人が前方から下肢を介助して歩行へと移行し、右側介助では右側肩甲骨と背部から手を伸ばして左側の体幹を保持し、左側介助では同じように背部から手を伸ばして右側の体幹を保持する体幹ハーネスの形で、コア・コントロールが確保され、治療台を1周歩行した。そして、3人の介助が外れた状態でも立位保持できるまでの効果が見られた。この変化には受講者全員の感嘆の声が漏れ、ここまでできるのかとただただ感心するばかりであった。
4)第2回目の治療と結果
4日目は、昨日からのキャリーオーバーが認められ、坐位姿勢にも自己制御の形が見られ、右上肢とAPA’sとの関係づけがなされ、右手は常に手の接触指向性反応CHORの維持が認められた。左体幹の弱さのコントロールもされ、骨盤の垂直方向の安定性、骨盤前後傾の運動性も確保されていた。
床反力も継続して感じる様子であったが、更に下肢の安定性を高めるために活動的な背臥位active supineから右下肢の治療介入がされた。背臥位の前に、坐位にて、右上肢の指の感覚の認識に対して、肩甲帯から肩関節のアライメントを整えた。左体幹の促通では、手首の運動や中枢パターン発生器CPGの活性化に働きかけ、感覚運動経験を促した。立位の中では、近位ハムストリングスより働きかけ、後方ステップ位での立位backward standingから立位の停止stop standingに挑戦し、踵からの刺激にて前庭系を活性化させた。背臥位の治療の中では姿勢指向性postural orientationが重要であるとされ、右手に過活動のないことを常に確かめながら、時には、口頭にて尋ねながら治療が進められていた。右足底、背屈の誘導から、重力受容器graviceptorへの刺激や股関節近位部の促通を行い、前脛骨筋や腓腹筋を活性化させていく。筋の活性化の積み重ねにより随意運動を起こさせ過活動の軽減を得ていった。右下肢の活動が徐々に活発に認められていたが、周辺視野からの刺激もあり、感情的な部分が見られたため、この日の治療は終了する旨を伝えながら立位へ誘導すると、介助なく立位保持ができていた。しかも四肢や頭頸部の過活動は左右とも全く認められなかった。
5)まとめ
2日間の治療の中で右側の痛みを訴える場面が多くみられた。痛みは右手指屈曲の反応を誘発するはずである。しかし、右手指の屈曲が認められなかったことから、この痛みを変化させることができないかどうか常に声をかけて、評価・治療が行われた。痛みの原因は、筋が新しい使い方を始めているため、その感覚を上手く処理できず生じると説明された。更に原因として、随意運動を誘発するショック、血液循環の改善のショックがあることを教示していただいた。
6)私見
普段の臨床場面でも姿勢筋緊張の重度弛緩を呈する患者様、痛みを常に訴える患者様に遭遇するが、今回の治療のように短時間で四肢末梢の過活動の出現をコントロールしながら、コア・コントロールを促通し麻痺側の活動性が驚くほど改善するのを、間近に見ることができたのは、今後の臨床に大変貴重な経験となった。
3. デモンストレーション3
ボバース記念病院 西村美佐緒
第5日目メアリ先生のデモンストレーションが行われた。
1)全体像と活動・参加レベル
症例は、約2年前に左被殻出血(右麻痺)を発症された、47歳女性A氏。アパレル関係の会社で営業職に従事されていたが、発症後離職して現在は主婦業に専念されている。
約5カ月の入院治療を経て、現在は外来通院中。歩行は独歩で自立され、買い物も含めて家事自立レベルである。歩行は実用レベルであるが、疲労しやすい(15分程度で疲労が生じる)。右上肢は補助手としての使用が可能である(押さえ手としての使用や軽い荷物を持つことが可能)。
2)初期評価
最初の観察での主要な項目が提示された。
- 右の振り出しは、非麻痺側体幹の短縮と右骨盤の挙上をともなって意識的に持ち上げるような、皮質優位性を示す。
- 右立脚の安定のための片脚バランス能力は乏しくpoor single leg stance、下肢の長さlengthと強さstrengthが十分でない。ゆえに、速く歩くことや急な方向転換により右骨盤の後退による崩れと反張膝を示す。姿勢の不安定性の程度に応じて右上肢の代償的過活動が生じる(右肘関節屈曲と手関節掌屈・尺屈、手指屈曲)。
- 立ち上がりSTS sit to standおよび立位から座る動作stop standingにおいて、右肩甲骨および骨盤の後退をともない体軸が右側へ偏移する(左体幹の短縮)。
- 右上肢は物品の粗大な握りgraspと離しreleaseができるが、特に母指の分離した外転および伸展には努力を要する。
- 治療目標は、ご本人の希望により「エレベータのボタンを右手で押すこと」とされた。
3)治療
治療の導入は、両下肢立位で非麻痺側である左下肢の滞空placingを誘導して、右下肢の安定性とコア・コントロールの評価および治療が行われた。評価の段階では、左下肢は膝リリースに抵抗を示し、代償的な過活動状態である。また、右骨盤は側方への偏移が過剰にみられ、不安定性を示す(姿勢の偏移postural sway)。右下肢の伸展活動は持続性に乏しく股関節および膝関節の屈曲を示し、立脚に必要な持続的な安定には乏しい状態である。
この過程では、評価と同時進行で姿勢コントロールの促通を行う。まず、両下肢立位から右片脚立位に移行する過程で、左下肢のキーポイントから下部体幹の右股関節の伸展活動を積み重ねて強固にしていく。右片脚立位で、さらに片脚での膝関節コントロールstop standingを繰り返し行い、左下肢が空間で自由になるのに十分になるまで反応が加重される。この段階で、最初と同様の評価を行ったが、コア・コントロールの不安定性を示す要素(左下肢の過活動・骨盤の偏移・右下肢の屈曲方向への虚脱など)は、著しく改善されていた。
コア・コントロールを促通したうえで、坐位で上肢の治療が行われた。上肢の治療を確実にするために、体幹を安定する必要がある。背もたれのある安定性の高い椅子を使用し、体幹をタオルで背もたれに固定する。ロールタオル(バスタオルを固くまいたもの)を下部体幹に押し付け、腸を圧迫して重力受容器graviceptorを刺激したうえで、固定用のバスタオルで椅子の背もたれに巻いて固定する。腸への圧迫刺激により、ただ固定されるのでなく、下部体幹の伸展活動が促通される。
上肢の治療は、肩甲骨の構えscapular settingを促すことから開始された。肩甲骨は内側と下角が浮き、上角が挙上した状態から、胸郭に対して生理的な下制と内転を促す。その際、非神経原的要素である筋短縮と、神経原的要素である肩甲帯の安定に関与する筋の弱化に同時にアプローチしている。ハンドリングからの刺激によって、肩甲帯を身体図式body schemaに入れる。脳の神経回路のつながりchunkingを作っていくのだと強調された。
肩甲帯の安定性を確立したうえで、右手の接触指向性反応CHORと手支持が促通された。手支持を促すときにも、神経原性の筋の弱化と非神経原性の筋短縮が混在する。肘屈筋および回内筋や手関節の外在筋は短縮を示し、肘の最終伸展と手の背屈が困難である。短縮筋の粘弾性と長さの改善をはかりながら、支持を促していった。また手の接触指向性反応CHORのためには手内在筋の強さと短縮の改善が必要であった(母指および示指の選択的コントロールのための尺側の安定)。短縮筋である小指球・母指球および背側骨間筋などに対するモビライゼーションと、弱化に対しては筋の伸張と関節の圧迫を組み合わせて強い刺激を入力し、反応を加重させていった。最終的に手の接触指向性反応CHORと手支持により、反対に姿勢コントロールが促通される状態になった。
治療はここから、機能目標に直接的な内容になる。治療テーブル上のゴムボールを右示指で押す課題を行う。右示指の課題は、かなり集中させて意図的に行うため、皮質脊髄路による。母指とその他の指は外転して安定するようにハンドリングされ、右示指はボールを押すことを繰り返し、選択的に強く伸展するようになる。このときは、A氏が自分で運動を意識して感じていくことを促して、自身で能動的に学習することを要求された。
ここで初めて、体幹のタオルの固定を外す。右示指の伸展は、前方へのリーチから体幹の伸展方向の立ち直り、さらに立ち上がりSTS sit to stand)へと姿勢コントロールが促通された。
4)結果
最終結果として、実際のエレベータのボタンを押して確認した。A氏の目の高さ程度のエレベータのボタンを、まったく努力なく容易に押すことができた。この際、リーチは体幹の側屈や肩甲帯の挙上などの代償は観察されなかった。また、歩行は初期評価で観察された、立脚の不安定性(骨盤の後退や反張膝での崩れ)が改善され、右上肢の屈曲はおこらなかった。振り出しも、足部の内反は少し残るが、膝のコントロールが選択的になり、努力性ではなくなった。
5)私見
メアリ先生の治療は、展開が速く非常に効率性が高く、1回の治療で特定の機能の獲得を確実に遂行される。その機能目標も、私自身からは、患者さんの現状からはとても高い目標に考えられたものである。治療の効率性は、治療技術はむろんであるが、確固とした臨床推論clinical reasoningに裏付けられた、治療における意思決定の確実さの産物であろう。先生が英国で治療されるときは、非常に少ない治療回数で結果をださなければならないと(5日間や1週間などが多いそうである)、うかがった。実際の素晴らしさとはほど遠いが、メアリ先生の治療を見られたことがない方に、少しでも治療の素晴らしさが伝わればよいと願う。