上級講習会報告(4)講義・実技編
成人上級講習会の報告
成人片麻痺上級講習会報告 2010年1月
講師:メアリー・リンチ
会場:ボバース記念病院
報告者:講習会受講生一同
文責:真鍋清則
上級講習会参加者一同
講義編
1.はじめに
2010年1月に行なわれたメアリ・リンチ先生の成人上級講習会について報告する。
期 間:
2010年1月17日(日)~1月21日(木)
会場:
ボバース記念病院
テーマ:
The Role of The Hand in Neurological Rehabilitation
(神経リハビリテーションにおける手の役割)
参加者:
24名(理学療法士19名、作業療法士5名)
コース指導者:
メアリ・リンチ先生、紀伊克昌先生、古澤正道先生
アシスタント:
真鍋清則先生、日浦伸祐先生
講習会プログラム:
表1
2.手の機能
この講習会は、手の機能、器官を理解する流れから始まった。
手の機能としては、物をつかむ、操作をする、物を知る、コミュニケーションをする、探索する、環境と相互作用できるという点を挙げた。また、手は目と同等以上に長所を持っているとし、暗い場所や目の届かない場所を把握する際に非常に重要と述べていた。
上肢と手の機能におけるシステムの説明があった。皮質脊髄システムを例として挙げ、上行路が背外側運動前野へ入力され、視床、基底核、連合野、また視床に戻り、頭頂皮質に送られ下降する。手の治療においては運動だけでなく、感覚、マルチモダルなことも考慮しておくべきと述べていた。
上行経路としては前外側経路と脊髄小脳経路の2つを取り上げ、それぞれの役割の違いを述べていた。体性感覚の構成は受容体から皮質へ保持されるとし、この情報が身体図式の構成要素となると述べていた。それが姿勢指向性orientationにもつながるとし、例として、手の接触性指向性反応(CHOR : Contactual Hand Orientating Response)の促通がバランスにおけるフィードフォード制御を促通できると述べていた。
メアリ・リンチ先生にとって手の機能の回復のためのクリニカルリーズニングには、皮質脊髄システムの解剖学的構造と機能の理解が欠かせなかったとのことであった。
セラピストは治療の際、直接皮膚に触れて、圧迫などをしないとこのシステムを働かせることはできないとのことであった。
3.抑制メカニズム
全て脊髄のメカニズムで下降性制御によって促通される。興奮性コントロールによって制御される。抑制メカニズムは相反神経支配(相反抑制)、反回抑制、側方抑制があり、特に感覚情報の選択のために、側方抑制機構が重要であるといわれていた。
片麻痺の患者では、①運動を起こす下行性コントロールの欠如、減少。②環境における相互作用ができず上行系を活性化できない。とくに②のことが麻痺側からの情報を少なく、また遅らせ中枢神経系にとって必要な情報を提供できなくしている。この点でセラピストのハンドリングは患者の中枢神経系が応答するかどうかをみる良い視点と考えられる。
立体覚は皮質脊髄路の下行性コントロールによる識別によってもたらされ、皮質に情報が到達したか否かを見ることができる。
4.身体図式body schema
身体図式body schemaが失われているとき、自分にとって見える、知っている部位のみ随意的に動かそうとする。背部や床反力など本来の姿勢コントロールに必要な情報は見えない。このため、屈曲優位の姿勢・運動となってしまう。
身体と周辺の情報は取り込まれて頭頂葉に入力され身体図式body schemaを形成する。身体図式は、使用しないことにより感覚情報が枯渇してしまうため失われる。それは、急性期など他人に依存するようになればなるほどその傾向は顕著である。
全てのフィードフォワードのバランスコントロールや随意運動はBody schemaからはじまる。身体図式は姿勢セットpostural setのために随意運動のパターンを形成し、課題taskのパフォーマンスの基盤となっている。また、身体図式は身体部位の多くの感覚とパーソナルスペースを結合する。頭頂皮質にて視覚、触覚と固有感覚からの情報を統合する。
身体図式は感覚情報の一つの塊を構成している(chunking)。感覚情報が乏しいと、身体図式の境界が曖昧になり(dechunking)、姿勢セットが乏しくなる(不適切なChunking;例えば肩と肘が同じ身体図式body schemaとなってしまう)。
5.脳皮質の可塑性
RothwellとRosenkranz(2005)の論文において、「感覚入力の期間は患者が注意を払っていても払っていなくても、大脳皮質に特別なパターンの感覚-運動の再構築を生み、それはほんの15分後から始まって、最低30分間は続く。この構築は運動野で変化し、運動の出力outputを必要としないため、例え患者がActiveな動作を実行できなくても神経リハビリテーションの方法を約束している」と述べられている。よって、患者の手は動かすことはできなくても、CHORによって姿勢に有益な反応を引き出すことが期待できる。
また、片麻痺の患者に対して、麻痺側の病変を興奮させる刺激を与えるのと、非麻痺側の病変を抑制させる刺激を与えた場合でのパフォーマンスを比較する実験では、後者の方が良い結果が得られた。病変のある皮質は病変のない皮質と競い合うと、病変の無い方が優勢となってしまうため、その競争を適切にすることでより自然でよい回復が期待できる。刺激が強すぎても、長すぎても脳の可塑性において悪い適合を生みだしてしまう。
6.姿勢制御postural control
姿勢指向性orientationと姿勢安定性stabilityの要素があるが、姿勢安定性のためにも姿勢指向性がまず必要となる。姿勢指向性では、体の分節の適切なアライメントを保つ能力や、空間の前への視覚的なオリエンテーション(中心視、周辺視)能力、参照枠reference flameを作る垂直方向へのオリエンテーション能力が要素として挙げられる。姿勢安定性は身体の中心をバランスの境界域内で維持する能力、随意運動の遂行前と遂行中の筋活動、すなわち先行随伴性姿勢調節APAs anticipatory postural adjustmentsといった要素がある。先行随伴性姿勢調節APAsはフィードフォワードシステムであり、効果的な随意運動の背景として重要である。先行随伴性姿勢調節APAsには先行性姿勢調節pAPAと随伴性姿勢調節aAPAの2つの側面があり、前者は運動が始まる前に起こる反応で、後者は運動に伴って働く反応である。Schepens(2004)の図では、先行随伴性姿勢調節APAsのシステムについて説明している。
7.運動制御における皮質脊髄系の役割the role of the corticospinal system in movement control
運動制御において皮質脊髄系がどのような役割があるか、ということを明確にすることは手の治療の構成の理解には重要である。片麻痺の患者の最も大きな機能の障害は姿勢システムに対して興奮を与える下行システムに障害が与えられることであり、シェッペンの図の障害が主なる問題となる。片麻痺の筋短縮が生じるのは2つの側面の影響がある。一つは拮抗筋の問題、もう一つは連合反応の問題である。特に上肢においては、拮抗筋の問題が大きく影響する。運動において姿勢が不安定な時、前庭系が拮抗筋を興奮させてしまう。脊髄の中では、前庭経路がコントロールできずに非常に興奮されて皮質脊髄路が働きにくくなってしまう。よって、セラピストとして早くこの皮質脊髄路における回復を促すことが重要である。また、我々は連合反応に対しても治療することができる。皮質脊髄路が失われることに対して大変重要なことは、上肢の伸展の活動をつくり、リーチングの運動をすることである、また、選択的に上肢の屈筋を興奮させることも強く皮質脊髄路を興奮させ、連合反応の抑制になる。
実技編
1.足底からの情報による下肢の伸展活動の促通
足底の支持基底面BOS base of supportの変化を受け入れる能力と床反力により伸筋の運動連鎖kinetic chainを促通する。前庭系が関わる変位に対する姿勢調整能力(ダイナミックバランス)を引き出す。下肢・足底の皮膚感覚、固有受容感覚情報は背側脊髄小脳路を通し、小脳に上行され、前庭系の調節を助けるように準備される。
タオルの滑る刺激を足底に入力すると足趾の伸展活動が促通される。タオルを足底と床の間に擦りながら滑り込ます。足先・外側・2~5指、足部背屈・外反を活性化し、伸筋の運動連鎖を促通する(図1)。
2.立位の停止stop standing
立位の停止stop standing(立つことをやめていく)とは立位バランスの股関節戦略hip strategyを是正して足関節戦略ankle strategyを促通することで下部体幹の安定性core stabilityを活性化する。下部体幹の安定性core stabilityが活性化された坐位に移行していく。下肢のアライメントを他動的に坐位で修正しても意味は無い(もはや立位から坐位に移行する際に股関節戦略を使っているから)。立位の停止stop standing は下部体幹の安定性core stability を促通するだけでなく、どこが問題となるのかの評価にもなる。
距腿関節を安定し、腓腹筋を活性化することで足趾の伸展や背屈が促通される。腓骨筋の運動点motor pointを刺激することで足部の外反が促通される(図2)。足部の最大の活性化が起きることで中枢部の安定性が促通され、膝のリリースが促せる(図3)。踵から接地することで下肢伸展活動が活性化し、足底を接地することで自然に重心移動が起こる(図4)。
重力受容器graviceptor を刺激することで下部体幹の安定性core stabilityを活性化し、自律的な両膝の屈曲がおこる(図5)。下部体幹の安定性core stabilityを活性化したまま座っていくことで活動的坐位active sittingを促通する。段階的なコントロールを促通していくことでさらに下部体幹の安定性core stabilityが促通される(図6、図7)。
体幹の偏移swayが大きく、下部体幹の安定性core stabilityを獲得できないときは手の接触指向性反応CHOR contactual hand orientating responseを利用する。このことにより、皮質橋網様体脊髄路を活性化することができる。
3.リーチのための肩甲骨の構えscapular setting(胸郭上で肩甲骨が安定して動ける状態)の促通
反体側の手の接触指向性反応CHORをとおして、支持側の皮質橋網様体脊髄路を促通する。次に重力受容器Graviceptorを刺激することで下部体幹の安定性core stabilityを活性化する。
大胸筋より重量解除deweightし、肩甲骨の身体図式body schemaを与え(図8)、肩甲骨が胸郭上を動く時の、筋の状態を評価し、活性化を図る。大胸筋は鎖骨部・胸骨部・腹部を起始に、上腕骨の大結節稜に停止する。働きは上腕の内転・内旋・前方移動など 上腕の運動に関与している。また上部体幹を上方に位置づけ、保たせる作用があり、姿勢筋とされる。 そのため肩甲骨と上腕骨、そして胸肋骨を適切な位置に保たせた上で、機能的運動を求める。多くの場合、肩甲帯の筋群を働かせていくと、下肢の支持性が欠如され、姿勢のくずれが生じやすい。そのため足部機能・下肢機能の改善が鍵となる。また姿勢筋として大胸筋を活用access し、 加重させていくことは、僧帽筋上部の過活動を停止offさせ、姿勢筋、また適切な肩甲骨の位置を確保させるために必要な僧帽筋中部・下部の働きを作働onさせる(図9)。
4.手の接触指向性反応CHOR contactual hand orientating response
手の接触指向性反応を促通することで姿勢の安定が促通される。講義の中では一側のリーチの際、皮質橋延髄網様体の吻側橋核で先行性姿勢調節pAPAの活動が起こり、反対側の安定に影響していることを説明され、皮質橋網様体脊髄路を促通する意義を説明された(Journal of Neurophysiology 2004 Schepens B et al)。
肩甲骨の安定性scapular settingを促通し、上腕三頭筋のアライメントを修正することで肩と手の関係性を作ることができる。肩甲骨の構えscapular setting ⇒ 手の構えhand set。中手指節関節(MP関節)の屈曲、近位指節間関節(PIP関節)を屈曲し、手関節掌屈していき(図10)、MP関節伸展、手関節の背屈によりPIP関節伸展が促通され、背側からの刺激で徐々に、手指の伸展が促通される。手指伸展の活性化が図れたら、小指側からテーブルに接していくことで手指、母指の伸展・外転が活性化し、より肩甲骨の構えscapular setting、下部体幹の安定性core stabilityが促通される(図11)。手の接触指向性反応CHORの意義については「Bobath Concept」.P173.WILEY‐BLACKWELL.2009を参照されることをお奨めする。