上級講習会報告(5)講義編
上級講習会報告(5)講義編
成人片麻痺上級講習会報告 2011年3月
講師:新保松雄・大槻利夫
会場:天草リハビリテーション病院
報告者:順天堂大学医学部附属順天堂医院 作業療法士 阿瀬寛幸,
刈谷豊田総合病院高浜分院 理学療法士 星野高志,
山梨リハビリテーション病院 理学療法士 坂本和則
文責:新保松雄・大槻利夫
Advanced Course BOBATH CONCEPT
Motor performance & Motor learning
- 順天堂大学医学部附属順天堂医院
作業療法士 阿 瀬 寛 幸 - 刈谷豊田総合病院高浜分院
理学療法士 星 野 高 志 - 山梨リハビリテーション病院
理学療法士 坂 本 和 則
図1
1.はじめに
2011年3月5日から9日までの5日間、天草リハビリテーション病院にてコースリーダーである上級講習会インストラクターの新保松雄先生と、上級講習会インストラクターの大槻利夫先生による成人片麻痺上級講習会が開催された。受講生はPT13名、OT4名、ST1名の計18名であった。オブザーバーとして、基礎講習会インストラクターの鈴木三央先生も参加され、講師陣、受講生ともに多くの意見交換が行われた講習会であった(図1)。
講習会のテーマは「Motor performance & Motor learning」で、講義、実技、治療実習の他に、デモンストレーションとwork shop時には毎回グループでClinical Reasningの討議を行った後、全体でのディスカッションを行った(表1)。もう1つの大きな特徴として、Bobath Concept1)第4章に紹介されているCanadian Occupational Performance Measure(COPM)とGoal Attainment Scaling(GAS)を治療実習のMeasurementとして用い、最終日には全症例の治療効果として発表した。
表1:上級講習会プログラム
2.講義
Motor performance & motor learning(新保先生)
1)motor performance, motor learning and clinical reasoning
ボバース概念は各々の患者に最高の結果を推進するために運動制御と運動学習の知識を利用する。運動制御は、運動に必要なメカニズムを調整または指示できる能力について明らかにする。運動学習は、実践または経験との関係の過程の背景を述べている。運動学習を直接見ることはできないが、motor control→motor performance→motor learningの中で、セラピストは患者の学習過程をperformanceレベルで判断することはできる。
臨床推論では、どのようにperformanceされ、どのようにlearningされるかを理解することが必要であり、何を学習してもらいたいかを考えてセラピーを組み立てていくことが必要である。
2)神経可塑性と運動学習
構造の可塑性とは、それ自体が変化と調整する能力であり、構造が変われば機能が変わり、機能が変われば構造が変わる。シナプスレベル学習において、短期シナプス可塑性とはシナプスの強さの一過性増加であり、数分から数時間続く(セラピーセッションでの変化)。長期シナプス可塑性とはDNAシナプス後細胞における変化であり、遺伝子発現変化、新しいタンパク質合成に発展する。
3)運動学習
運動学習は明示的学習と潜在的学習の二つの領域に分けられる。
明示的学習は、要因的な情報の学習に関連していて、意識の高い認知機能を含んでいる。最近の研究により、運動の改善は運動の成果よりも患者が注意深いパターンの活動があるときに見られると支持されているが、過度な明示的学習の教育は、皮質活動を優位にして脳卒中後の潜在的学習の一連の運動学習を妨げる可能性がある。
潜在的学習は、より少なく低い意識のコントロールでの運動技術の学習を含み、熟練した運動成果の感覚運動情報の使用または統合と関係がある。これは基底核や小脳、脳幹、感覚運動の皮質を含めた、多数の異なった脳の領域が参加している。患者では感覚情報をもとに学習しにくい状態となっている。潜在的学習には馴化や感作等の非連合学習と、古典的かつオペラント手続きなどの連合学習、運動の複雑な系列などの技能と習慣の学習が含まれる。
また聴覚情報は認知を処理しており、潜在的学習における無意識な処理を妨げる可能性がある。
明示的学習と潜在的学習は明確に分けられないが、治療では使い分けていくことが大切である。
4)回復
回復には自然回復と神経機構の再編成があり、自然回復は、非損傷脳の機能復活(腫脹の改善・壊死組織の吸収・側副循環)と、神経機能解離(diaschisis)により傷害部から遠方の脳領域で減少していた血流と新陳代謝が改善することによる。神経機構の再編成には、発症前にはなかった神経組織の機能(機能代行)による代償も含まれる。
5)運動学習の段階
学習の初期段階は感覚feedbackをもとにした遅く、不規則な運動であり、パフォーマンスの可変的な時期である。中間段階は、感覚運動地図やスピードの増加などの段階的な学習時期。上級段階では、速い、自動化、熟練したパフォーマンスとなり、等時運動(なめらかな運動)と全領域の感覚コントロールが可能となる。
Doyonの図(2009) 2)を用い、運動学習時期における小脳系と基底核系の役割の変化についての説明があった。
fast learningは1回のセッションでの変化であり、この段階では広範囲の脳領域が働く。motor sequence learning(更衣などの手続きの学習)では主に線条体、感覚運動野が関与し、motor adaptationでは主に小脳、大脳皮質(頭頂葉)が関与している。ハンドリングにおいてhands on(外乱)に対して、まずmotor adaptationが起こり、その後hands offしてもその影響が残っていく。大脳基底核は繰り返しに対して反応しやすく、小脳は少し変化を加えた新奇性のあることに対して働きやすい。slow learningの段階では、固定化や自動化が起こり、短時間で想起し、駆動できる段階である。その後、運動皮質領域、頭頂葉、線条体、小脳などで保持される。
大脳基底核と小脳は運動制御、運動学習に大きな役割を持ち、大脳基底核は運動の精密なコントロールというより、運動の行われていく文脈の選択性に関与している。手・眼球運動を視覚手掛かりで行うか、運動の方向と位置を記憶に基づいて行うかの選択性や、単一運動ではなく複数の運動の組み合わせ、順番などの運動手続きの選択などを担う。また、補足運動野、運動前野、頭頂葉などから、運動コントロールの情報を担う小脳や一次運動野に送られる情報を強力な抑制作用によって整理し、現在の文脈に適した行動を指示している。運動学習に関しては、運動の最適コントロールに関連し、すなわちコスト(必要な努力)と報酬が関連した学習に関わっている。
一方、小脳では、内部モデルを確立し、運動指令の感覚因果関係を予測に関連付ける。内部モデルをもとにしたFeed forward制御とFeedback制御による誤差修正により内部モデルを運動学習によって獲得していく。内部モデルは感覚運動の地図を含み、熟練した運動の発達の中で、予測調整のために神経システムに作用する。
6)ボバース概念における運動学習の原則
一つ目は患者の能動的参加であり、日々の変化と改善や患者の利益、ハンドリングの良い感覚などが患者のモチベーションを高め能動的な参加を促す。促通は活発に機能的課題に参加するのを可能にする。二つ目は患者自身が有意味で具体的な目標を持つこと。三つ目は意味ある運動の繰り返しで、促通は患者の問題解決を援助し、運動パターンと課題を達成することを経験させる。運動学習において、motor performanceの成功が不可欠であり、実際場面での練習も推奨される。またより多くの運動選択と、より効率の良い運動を可能にするために、求心性情報が必要不可欠であり、多様で意味のある情報を入力する。
ボバース概念は目標指向と課題特定化であり、その課題に必要なコンポーネントを考えて、その問題を解決していく。目的指向活動の導入は患者にとって興味とモチベーションがあり、辺縁系とのつながりに直接影響し、運動の獲得に有力な影響を持つ。Mrs.Bobathは、治療は機能に関連し、効率的にcarry overするために実際の生活環境で実行することを重視した。
バランス制御(大槻先生)
大槻先生より、Motor Controlの著者であるShumway-CookとWoollacottの講義や他の文献をもとに、バランス制御についての講義があった。
1)バランス・戦略
課題、環境、個人因子の相互に関係し合う中からバランスは生まれる。また3つの因子が制約をかけることでバランスが生まれる。
バランス戦略には、足関節戦略、股関節戦略、ステップ戦略があり、足関節戦略では下腿の筋から活動が始まり体幹へ波及していくためcore controlにつながりやすい。股関節戦略では体幹筋(主に背筋)から活動が始まるが足関節は動かず、core controlにつながりにくい。いずれの反応も状況に応じて使い分けができることが重要である。
2)バランスを構成する3つの側面
バランスを構成する3つの側面には運動、感覚、認知がある。運動要素では、steady state(定常的バランス制御)、Reactive balance control(反応的バランス制御)、Proactive balance control(予測的バランス制御)がある。感覚要素では、固有感覚系、視覚系、前庭系が関与している。認知要素では、Single taskとDual task(DT)での比較、課題の種類、課題の内容(単純・複雑)によって変化する。また、歩行や姿勢制御が認知機能を司る脳の領域を共有しており、新たに負荷した認知課題よって、どちらか一方あるいは両者の遂行能力が低下する。
バランスのテストや測定は一つでは十分ではなく、バランスを構成する様々な側面から多面的に評価、治療していくことが重要である。
3)評価テスト
(Ⅰ)運動要素の評価テスト
- Steady State balance control
定常状態でのバランスを評価する。外部支持なしで2分間の立位保持や10m歩行テストを評価する。 - Reactive balance control
Nudge test(そっと突くテスト)やPush and release testがある。外乱に対するバランス戦略や保持能力の評価、どちらの下肢からsteppingが生じるかなどを評価する。 - Proactive / Anticipatory balance control
中枢神経系は、立位において運動時の不安定性を最小にするために、不安定性が生じる随意運動が起こる前にバランス制御のために筋を起動させる。歩行では、障害物を超えたり、縁に下肢を乗せたりする際、来るべきイベントに備えて質量中心を制御するために歩行パターンを修正する。
評価方法としては、Functional Reach Test(ダンカンらによる)、Stool touch(柔らかい踏み台、に足を交互に置く)、DGI(Dynamic Gait Index)より障害物をまたいで歩く、などがある。
(Ⅱ)感覚的要素の評価テスト
Modified Clinical Test for Sensory Interaction in Balance (CTSIB) により、①閉脚位での立位保持、②ふわふわの素材の上(バランスパッドやバスタオルなど)で閉脚位立位保持、③5~10°程度の傾斜板上で、踵が床面にしっかり着くような肢位での立位保持を、それぞれ開眼と閉眼で30秒間保持し、動揺(postural sway)や戦略を評価する。
②では足底からの体性感覚情報を減少させ、③では足部や下腿からの固有感覚系の情報を強調し、閉眼での戦略と合わせて、固有感覚系・視覚系・前庭系のバランスにおける感覚の相互関係(感覚戦略)の評価が可能となる。また、②では足関節戦略を、③では足関節戦略を優位に用いる被験者が、バランスにおける感覚情報を上手く組織化できるとされる。
(Ⅲ)認知的要素の評価テスト
安静姿勢や10m歩行テスト、Timed Up and Go(TUG)Testなどで、計算課題(100-7)や逆唱課題(数字や曜日など)、想起課題(野菜の名前など)を負荷し、動揺やタイムを負荷なし時と比較することで、DTによる不安定性への影響を評価する。特に、高齢者の転倒リスクはDTと相関があることが報告された。
3)実技:バランステスト
実際に前述のテストを体験し、自身のバランスを感じることが出来た。閉眼で動揺が増す、股関節戦略が優位、障害物をまたぐ歩行においてdual taskで1秒の差が出るなどの受講生もみられた。治療ではセラピストのバランスを伝えていくため、セラピスト自身のバランスを知り、改善することが重要であるとの話があった。
4)デモンストレーション ~バランス評価~
大槻先生の治療デモンストレーションでは、立位でのSteady Stateの評価、立位でのインタビューでのDual Taskでの評価から始まり、CTSIBなどを治療前後で評価されており、理解が深まった。
症例は歩行では、上部体幹、HATは屈曲固定、股関節の屈曲固定も観察され、wide baseで足底を確認しながら歩かれていた。立位バランス制御では主に股関節戦略を取っていた。立位でのsteady state、会話によるdual taskではバランスを崩すことはなく、皮質には問題が少ないことが確認された。一方、足部からの固有感覚情報を組織化できず、傾斜板上にて足部からの感覚情報を増やすと不安定さが増したが、もともと足部からの固有感覚情報をあまり使用していなかったため重ねたバスタオル上では不安定性は少なかった。また、placingに追従しにくく、固有感覚情報のfeedback controlに問題が見られた。
治療では側臥位からの寝返りの中で、腰背部、広背筋の長さを作りながら、体幹の回旋を促していった。また麻痺側股関節、骨盤帯に感覚情報を入れながらselective movementを引き出し、立ち上がりの中で足部からの感覚情報に応じたfeedback controlも促していった。
その結果、足底からの感覚情報を組織化し、傾斜板上でも不安定性は軽減、上部体幹、股関節の屈曲固定は軽減し、足関節戦略でのバランス制御が可能となった。立位で靴を履く課題にもチャレンジされていた。歩行でもwide baseが改善し、リズミカルな歩行、方向転換などが可能となった。
3.GAS&COPM
GASは1960年代に精神保健領域で開発された評価法であり3)、クライエント中心のアプローチを行うために、療法士が患者自身や家族等と共に目標を設定していく。患者が必要とするファンクショナルレベルに合わせて、療法士が到達目標を予測し、設定するため、ボバース治療に対する非常に高い感受性を示す。また、クリニカルリーズニングと併せて用いる事により、療法士に非常に多くのフィードバックを与える。スコアリングは‐2から+2の5段階で行われ、今回は、Gordonら4)による採点方法により5日間の治療効果を採点した。また、目標設定時には、Lynne5)による採点方法を参考とした(表2)。
COPMは1991年にカナダ作業療法士協会によりクライエント中心の作業療法実践のために開発された評価法であり6)、半構成的インタビューを用いて、患者の作業遂行について重要度、遂行度、満足度を10段階で採点する。対象者のインタビューにより採点するため、GASスコアが改善し、療法士や周囲が改善したと判断してもCOPMスコアは低下したり、本人からは聴取不能な場合もある。しかし、患者本人の生活史や価値観を非常に強く反映するため、ボバースセラピストにはGASと併せて非常に有用な評価法である。
表2
以下に、本コース中の治療実習でのGASとCOPMの全症例のスコア(表3)を示す。
今回は、GASの採点に、Gordonら(1999)の点数換算を用いた。
COPM (遂行度と満足度の差)=(終了時の平均値)-(開始時の平均値)
症例F,Gについては、項目を点数化する事が困難であり、COPMのみ評価できなかった。