上級講習会報告(6)
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上級講習会報告(6)
成人上級講習会の報告
「移動・リーチの機能的活動における肢間協調」
受講者一同
1. はじめに
2011年12月に行われた成人上級講習会について報告する。
期間
2011年12月5日 (月) 〜9日 (金)
会場
森之宮病院
テーマ
移動・リーチの機能的活動における肢間協調
コースリーダー
- Mary Lynch Ellerington先生(IBITAシニアインストラクター)
- 紀伊克昌先生(IBITAシニアインストラクター)
アシスタント
- 真鍋清則先生(IBITA基礎講習会インストラクター)
- 日浦伸祐先生(IBITA基礎講習会インストラクター)
講習会参加者
21名(理学療法士14名、作業療法士7名)
講習会プログラム
2. 講義(真鍋先生)
講習会の目的は、主に以下の2項目に沿って説明がなされた。
1)機能的活動における肢間協調に関する根拠を考える。
機能的活動における肢間協調についての説明や進化・発達における姿勢制御の変化について説明がなされた。
移動、整容、更衣、食事、トイレなどの機能的活動の多くは立位または両手で行う頻度が多い動作である。その中で、安定性と運動性の役割が四肢・体幹で提供されている。具体例として、歩行時における立脚相(安定性)と遊脚相(運動性)の関係や食事おける茶碗(安定性)と箸(運動性)の関係などが例示された。このように、目標とする機能に対し、四肢・体幹を協調的に作用させることを肢間協調と定義した。
進化・発達による姿勢制御の変化としてサルからヒトへの進化過程の中で直立二足姿勢を獲得した。また直立二足歩行することにより手の使用を獲得し、物の創作や道具の使用が可能となった。加えて、体幹・頭部を起こすことでしゃべるコミュニケーションが獲得された。ニホンザルを四足歩行と二足歩行とで比較した研究では(高草木薫 :歩行の神経機構 ,2010)、四足歩行に比べ二足歩行で補足運動野の活動が高まり、大腿四頭筋と大腿二頭筋に同時活動が出現していた。類似した現象がヒトの発達過程でも見られ、歩行時の筋電図を生後3週、9ヶ月、11ヶ月、1歳などで比較したところ(Okamoto et al ,2003)、筋活動が主動作筋と拮抗筋の同時活動から選択的運動へと変化し、徐々に歩行時の周期リズムが出現する事が説明された。このように姿勢のフィードバック機構とフィードフォワード機構が姿勢ネットワークの中でアップデートを繰り返す事で機能的活動が効率的に遂行されると示された。
2)移動やリーチにおけるシステム制御について検討する
ここでは先行随伴性姿勢調節APAsの説明が行われ、次に移動やリーチにおけるシステム制御として皮質−橋網様体−脊髄システム、前庭−脊髄システム、皮質−延髄網様体−脊髄システムが紹介された。
先行随伴性姿勢調節とは、随意運動の予測される妨げに対して身体を備えることであり、フィードフォワード姿勢調節である。これは経験依存性であり、フィードバック反応によって修正される。このため、移動やリーチを運動企画し、手や足部を動かそうとする前にすでに姿勢調節が行われている。講義の中では歩行を例に3つのシステムがどの様に関与しているのかについて説明がなされた。運動を企画した際、皮質橋網様体脊髄路を介して大脳皮質と同側の立脚側体幹・下肢の抗重力伸展活動が強まる(皮質−橋網様体−脊髄システム)。次に、体幹・下肢の抗重力伸展活動が強まることで、頭頸部は垂直方向へのオリエンテーションを感知し、前庭脊髄路を介してより体幹・下肢の抗重力伸展活動を補強させる(前庭−脊髄システム)。その際、前庭核と橋網様体核は抑制性の介在ニューロンを介して連結しており、相反的に網様体系の活動は減弱する。その結果、立脚側の伸展活動は運動性を伴った安定性が準備される。次に皮質延髄網様体脊髄路を介して運動企画した大脳皮質とは反対側の遊脚側骨盤帯や股関節周囲の筋活動を増強させる(皮質−延髄網様体−脊髄システム)。この状態から外側皮質脊髄路を介し、下肢の振り出しが行われる。
以上のように、歩行やリーチ動作は実際の運動が起こる前に先行随伴性姿勢調節によって姿勢制御システムが駆動されており、セラピーを行う際には十分に考慮した上でアプローチしていく必要がある。
3. デモンストレーションⅠ
1)症例紹介
①症例
性別・年齢 59歳、男性
診断名 脳梗塞(右内包後脚) 2011年7月4日発症
障害名 左片麻痺
②機能レベル
移動は病棟内杖歩行自立。院内ADLは入浴を除き自立レベル。麻痺側上肢の機能的使用困難。
2)評価と解釈
杖歩行にて来室。非麻痺側上肢で支持していた杖に依存傾向であり、体幹の屈曲・右側屈、麻痺側上肢は全体的に屈曲する傾向にあった。麻痺側下肢の立脚相では、股関節の虚脱が認められ、遊脚相では、足部の内反が強まり前足部を床に擦っていた。麻痺側上肢は静的立位ではリラックスしているが、歩行のような動的場面では著明な連合反応が出現していた。
本症例の杖歩行時の特徴として、麻痺側の立脚相に前足部へ重心が移行してしまい、非麻痺側の遊脚相から初期接地にかけて、前足部からのコンタクトとなり膝関節過伸展位となっていた。そのため、踵上に重心を維持することが難しく、バランスが不安定になり前庭脊髄路の活動が過剰となる事で、下肢は突っ張り、上肢は何かにしがみつこうとする活動に陥っていた。
3)治療
1日目
まず立位での麻痺側下肢の抗重力伸展活動を促通するために、膝蓋骨・腱をキーポイントとして、腓腹筋を高い位置で保ちながら、踵を下げることheel downしていきヒラメ筋の長さを作っていった。少しずつ麻痺側下肢を後方ステップさせながら、ステップ姿勢にて同様のハンドリングを行った。これら麻痺側踵部への体重負荷は、内側広筋とハムストリングス近位部の活動性を高めると共に前庭脊髄路を刺激し、動的安定性の向上につながり麻痺側上肢の連合反応の改善につながると説明されていた。
次に両側前足部にタオルを入れた状態にした後、麻痺側下肢のみを踵部の上下運動を反復し、その後、両側活動へと移行していった。これら両側下肢の抗重力伸展活動を促す中で、重要な4つの要素として、① 両側足部からの活動、② 直立二足立位、③ Core stabilityの獲得、④ 中枢キィポイントの動的安定性mobile stabilityを挙げていた。これらの構成要素を失えば屈曲パターンを強めた歩行になってしまうとの事だった。
治療を終えて、椅子から立ち上がる際に、麻痺側手にペットボトルをグラスプさせる事で手掌面への感覚入力を強調しながら、足関節方略ankle strategy を用いた立ち上がり動作を誘導する事で、治療で獲得したフィードフォワード制御を活用させていた。
2日目
1日目のセッションの効果が来室時に認められた。具体的には麻痺側下肢の安定性の改善に基づく麻痺側上肢の連合反応の軽減が目立っていた。しかし、未だ麻痺側股関節周囲の支持性低下は残っており、麻痺側足の内反底屈も残存していたため、麻痺側立脚初期での不安定性と、振り出しでは膝を高く持ち上げてしまっていた。
2日目は、靴脱ぎや歩行といった総合的課題whole taskを解決していくために、部分的課題part taskとして麻痺側の一側下肢支持single leg stance(SLS)の改善を目標として介入をしていった。本症例の場合、SLSを阻害している問題として、ヒラメ筋の長さ、腓腹筋、前脛骨筋、外転筋、内側広筋、ハムストリングス近位部、大臀筋の強さ、過剰に働いているのが前脛骨筋だと挙げられた。そして、これらから杖歩行時に前脛骨筋を過剰に活動させ、麻痺側下肢を持ち上げてステップしてしまうことを脳はそのまま認識してしまっていた。そこで、ヒラメ筋と腓腹筋の活動を高めることで前脛骨筋の活動性を下げて、外反・背屈から麻痺側下肢の活動を求めていくことを目的とした。
3日目
来室時の歩行では前日までの治療のキャリーオーバーがみられ、足部の選択運動が得られてきており、足高く持ち上げるのではなく床を滑らせるように振り出されていた。そのため非麻痺側での代償活動が減ってきていた。ただ麻痺側上肢の連合反応はまだみられていた。また前日の最後に、次の課題として挙げられた麻痺側股関節の弱さを両側の臀筋を触り、筋の状態を比較した。そうするとやはり、麻痺側の臀筋はあるべきところに筋がなく抗重力に関わっておらず、近位部の安定性が欠如している要因として挙げられた。
治療としては背臥位で、前日と同様に足内在筋への感覚情報を積上げていき、麻痺側足部の外反背屈の活動を重点的に促して、足趾先から運動を開始することを徹底していった。
その後、麻痺側の下腿をベッドの外に出し起き上がり端坐位となった。非麻痺側の足の下にはクッションをおいて麻痺側腓腹筋をキィポイントにして足部からの駆動で立ち上がりを誘導し立位となり、そこから股関節を安定させながら踵部挙上を行い、そして踵部挙上の速度を上げていくことによってAPAsの活動を増していった。次いで、枕を両手で把持しながら歩行を実施した。この二重課題dual taskによって大脳皮質ではクッションを持つことに意識的になり、小脳を優位に使った自律的歩行を期待したが、まだ足を振り上げてしまうような皮質が優位となっていた。
最後に受講生が集まって転倒するという恐怖感を和らげた環境をつくり、セラピストが直接介入しないhands offでの歩行をおこなった。そうして恐怖感を取り除き、安心した中での歩行では麻痺側上肢は緩んだ状態で相反的でリズミカルな歩行が獲得できた。
4. デモンストレーションⅡ
1)症例紹介
①症例
性別・年齢 76歳、男性
診断名 脳梗塞(左基底核・放線冠) 2011年5月28日発症
障害名 右片麻痺
②機能レベル
移動は車椅子自走。杖歩行練習中。院内での日常生活活動ADLは入浴を除き自立レベル。麻痺側上肢はある程度運動性は見られるが、ADLへの参加に乏しい状況。
2)評価と解釈
車椅子姿勢は非対称性が目立ち、全体的に麻痺側上肢の屈曲連合反応が認められた。麻痺側上肢は肩甲骨の不安定性が連合反応を強めており、肩甲骨の問題が大きく肩と腕が一体となっていた。手指は少し開いており、わずかにコントロールできることを示唆していた。しかし、麻痺側手は屈筋に支配されており、手関節のアライメントも崩れていた。
車椅子からの立ち上がり動作では、左上肢がいつも使われてしまい、立ち上がり時は非麻痺側が支配的となり、左肩甲帯が前方突出し、右肩甲帯は後退していた。これらの非対称姿勢から右肩甲帯の運動は制約されやすく、麻痺側上肢を方向付ける事が困難であった。これらの問題を解決する事で対称性姿勢が獲得されれば、それが移動場面にも影響を与えると治療の方針を立てられていた。
右肩甲帯の評価では非常に非神経学的な要素の短縮が多くみられ、さらに亜脱臼している様子も伺えた。その要因として、腕から肩甲骨が引っ張られ、上肢と肩甲骨が一つのユニットとなっており、上肢と肩甲骨が分離することができないことを挙げておられた。
3)治療
1日目
治療は大胸筋の重さをとり、肩甲骨を動かすことから始めた。肩甲骨を挙上にモビライズすることで肩甲挙筋をオフにし頸部の可動性も引き出した。しかし、手関節のアライメントが崩れてしまっていたため、手関節を動かせるだけの安定性が確保できていなかった。そこで前腕の屈筋群の長さをつくる治療へと入っていった。そこで必要なことはストレッチをするのではなく、手に安定を与えた中で屈筋を持ち上げながら、長さを作り、手関節背屈を作っていくことが必要と述べられていた。この治療の後には右肩甲帯のプロトラクションが可能となって姿勢セットが変化しており、右上肢が活性化され、左が代償に使わないでも良い状態となっていた。そこから上肢を安定させ、左体幹のp-APAを高めていく治療へと展開していった。
さらに肩甲骨を安定化されるために三角筋、上腕三頭筋の活性化が必要であった。そのためには正しい刺激を入れる必要があり、①正しいアライメント、②筋のエッヂを見つける、③アクションにもっていくことの3点を意識して刺激を入れる必要があり、注意深く、アライメント、解剖学的知識などを考えてハンドリングすることを強調されていた。
2日目
まず、手・手指関節の運動性を確認していった。その際、最も難しいのは手関節コントロールで、手指の運動機能が回復しないと手関節の治療に入りにくいと説明されていた。上肢、手の治療は常に手内在筋と母指の外転を意識する事が重要であり、前腕回内外運動が重要で特に回外運動が得られると伸展の要素が得られ易い。これはリーチした際に手掌面が物に接触する事に関しても重要となるとの事であった。
次に上腕三頭筋の活性化を図っていった。まずは肘関節が常時屈曲位であった為、上腕三頭筋のエッジを把持した状態で肩関節外旋・肘関節伸展方向へ誘導しながら筋活動を活性化していった。その後、リーチ活動を用いながら三角筋の活動が見られ始めた所でアクティビティーを導入していった。
これらの課題を行なった後、さらに麻痺側上肢の伸展・外転を強化し屈曲の要素を減弱させる事で、より選択的な運動を行えるようになる為に、背臥位での治療を選択した。これは課題を行う為に、上肢が体幹に対して分離した運動が行える様になる為との事であった。
背臥位では肩甲骨の下にタオルを入れ安定性を助け、上肢がより自由となる事を期待した。滞空Placingを自ら行わせる事でコントロールできると実感させながら、肩関節外旋、前腕回外を誘導しながら新たな身体図式の獲得を図っていった。
その後、タオルを握った状態で滞空して、伸展要素を強化させた状態で自ら空間で上肢をコントロールさせる事を学習させていった。
次に二重課題Dual Taskに移行していった。背臥位の状態で両手にボールを把持させて、そこから長坐位への姿勢変換を行なっていった。その後、両手を前方にリーチさせる際に胸郭を後方に保持する事を強調していた。これは肩甲骨をプロトラクションした状態で安定する事に繋がり、これが連合反応の出現を抑え、肩関節外転方向へのリーチ活動に繋がるとの事であった。
これらの治療を終えた後、ティッシュにリーチしグラスプ・リリースする、そして床に落ちたティッシュを拾うといった課題を行い、より選択的な動作が行える様になった事を確認していった。
治療の結果として、患者からは「自分の手と違う」との発言が聞かれ、膝の上に手を置くことや、靴を履くときに、麻痺側上肢がバランスの役に立っているのがはっきりと確認できた。身体機能の改善もさることながら、さらに特筆すべきは、患者の表情、感情までも劇的に変化し、本当の意味で活動的Activeになったと感じられた。
4. 実技練習
今回、テーマである「Exploring Interlimb Co-ordination in Functional Activities such as Locomotion and Reaching」=「移動・リーチの機能的活動における肢間協調」をもとに実技はMary Lynch先生・真鍋先生のもと行われた。また、実際の実技練習においては、紀伊先生・日浦先生からも各グループへ指導して頂いた。主に、直立二足姿勢での抗重力姿勢を得るために重要な要素として、ヒラメ筋と腓腹筋の活動の関係性を明確にし、それらを機能的に活性化させることから、Bipedal Standing・Stop Standing・Sit to Standへ展開していった。また、デモンストレーションで実践された要素や様々な対象者を想定した介入等も提示して頂き、非常に充実した実技を経験することができた。以下に、講習会で実施された実技を可能な限り、流れに沿った形で報告する。
実技-1「Core Controlをどのように得ていくのか・改善していくのか 」
1)立位での介入
①前方の治療台(椅子)に対して立位を取り、その状態から足部の支持基底面Base of support(以下BOS)をチェックして、どこに体重がのっているかを確認する。広いBOSを作れるように足内在筋Intrinsic muscleを刺激して小趾側から刺激して外側を挙げ足関節の可動性を引き出していく。従重力にコントロールしていく時は、母趾側から接床して小趾側を最後につけて足部の外がえしを維持する。
②適切な高さ(人によって異なるが、肩関節屈曲90度程度)に治療台を設定し、肩を安定させて(Scapular setting)、肘・手関節をKey pointに、より選択的にしながら上肢を前方へリーチする。治療台に軽く手掌を尺側からつけて手を広げる(手の接触オリエンテーション反応:CHOR)。その際、肩甲帯が後退、不活性な場合は、手関節の動きを出しながら、さらに活性化することで肩甲帯周囲筋群の活動が確認できたら、前方へリーチしていくことで改善する場合がある。また、手を接触させる場合、枕等で手関節背屈位にして支持することもある。手を背屈位にて安定させた場合は、①下肢の抗重力伸展活動を得られやすい、②踵に体重をのせやすい、③体幹の対称的な安定性を得られやすい、④視覚を上方に維持し頭部コントロールがしやすい(視蓋脊髄路の活性化)、⑤橋網様体脊髄路、前庭脊髄路を調整しやすい、⑥上肢が視野に入ることで身体図式にも好影響をもたらす等の利点が挙げられる。
2)上記の治療姿勢から、よりMore activeになる為にそして、両下肢の肢間協調の促通を目的に、踵への体重移動を促し、足関節方略Ankle Strategyを促通する。
①腓腹筋を活性化する。(患者によって異なるが内側が弱く、外側が硬くなり易い。外側を安定させ内側を活性化させていく)。
②ヒラメ筋は静的なものではなく、動的に反応できる様、筋活動の乏しい内側排腹筋のエッジを上方に誘導して収縮を活性化しつつ、つま先を安定させ、踵の下制によってヒラメ筋の長さを作る。
③さらに、ハムストリングス遠位部の長さと近位部の筋活動を確認し、近位部の活動性が乏しい場合は、ハムストリングス近位部を坐骨結節に向かつて求心性に刺激して筋収縮を活性化していく。
④腹部と仙骨部から介入し、Core Controlとして、より垂直方向へ促通する。腓腹筋やヒラメ筋も抗重力方向へ促し、筋弱化がある側の踵からつけていく。
3)両側の肢間協調活動(Two Same legs)から、Core controlへ
①腓腹筋停止部に対し、しっかりShapingし、筋を内側に引き出しながら、重心を母趾側にのせて、安定性Stabilityを得ながらつま先立ちを誘導し、腓腹筋を活性化させる。
②肢間協調として、両側性に介入する。セラピストの手を交叉させて、両側の下腿三頭筋を活性化していく。
③最後に、重心を踵にのせてつま先を挙げることで、さらにCore controlを促通する。
実技-2「腓腹筋の活性化とヒラメ筋の長さを同時に出す」「立位での安定した上部体幹・肩甲帯をつくる」
このセッションでは、立位にて、腓腹筋及びヒラメ筋を同時に介入していくことが難しい状況の場合に、他の肢位での介入を提示して頂いた。また、抗重力下での立位姿勢への介入も提示して頂いた。
1)Back Step Positionで腓腹筋の活性化を図る
①腓腹筋の内側をセラピストの手で軽く持ち上げて安定させ(セラピスト自身の手の虫様筋を使って母指示指間を広げて腓腹筋のエッジにあてる。
②その状態でアキレス腱内側部に振動刺激を与える。
③ヒラメ筋内側の長さを作るように、腓腹筋の活動を保ったまま踵をおろし、ヒラメ筋を伸長する。ヒラメ筋の長さがないと踵がつかない。踵がつくようになると下肢の伸展が促通され、Heel contactに貢献する。
2)腹臥位で腓腹筋の活性化を図る
①踵のアライメントを修正し、足底全体をセラピストの腹部に当て、床反力Ground Reaction Forceを感じられるようにする。
②腓腹筋の活性化を図りながら、アキレス腱内側に振動刺激を与える。
③足部でPushするのではなく、股関節からの押すような伸展を誘導する(そうすることで、足関節の完全な背屈が得られ、ハムストリングスも活性化される)。
3)「上部体幹を安定させて、胸郭・肩甲帯の安定を図る」
重力線に対して、上方に身体を向かわせられる状態(立位)を作る。必ずしもそうとは言えないが、坐位だと股関節屈曲になり、質量中心Center of Mass(以下COM)が下がって上部体幹も屈曲しやすい傾向を認める。体幹上部の固定Fixation(上肢内旋、体幹屈曲、頭部後退)の改善が必要となる。
立位にて良いBOSかチェックして、股関節も弱化があるか、肩の高さ、肩甲帯の位置を確認する。
抗重力で活動する時に、両下肢の均衡Two Same Legsがあるということが重要で、それが選択的な運動に繋がる。
実技-1で正確な足部とBOSとの関係が作られ、その上でこの実技-2に繋がる。
①後方から胸郭に手を当て、対称性をつくりながら、COMを後方へ誘導し(Back in Space)、そこから胸郭を(下に押しながら)垂直伸展方向へ誘導しつつ、Scapula setしてつま先立ちとなる(直線的伸展Linear Extension)。次いで、筋の長さを引き出しながら踵を床面に下ろしていく。(一度COM後方にするのは、慣性をつかうことと、勢いを利用する為)
②加えて、左右への重心移動を行いながら、それらをリズミカルに行い、より活動的にしていく。重力線に打ちかって垂直に反応を積み重ねていくことが重要である。
③もう1人セラピストがいる場合は、前方から上肢を安定させ、母指で上腕二頭筋、他指で上腕三頭筋を把持して、上腕を外旋方向へ促し、その位置で保持する。上肢外旋位で肘関節を伸展位に維持できると小胸筋の影響を除くことが可能になる。
実技-3「Stop standing」
Stop standingを考える―立位から坐位になるのにどのような方略Strategyをとるか? ふつうに座ると股関節方略Hip strategyになることが多い。股関節方略になると体幹屈曲し、COMが下がりやすい。二重課題Dual taskになると(上肢を活性化させて、両上肢で大事な物を持つ)、股関節方略を使わなくなる。
最初に「実技-2」で行った内容によって抗重力活動の立位を促し、Stop standingへと発展させていく。
①立位にて、内側腓腹筋の活性化を図りヒラメ筋の長さをつくる。ハムストリングス近位部を活性化して、垂直オリエンテーションVertical orientationを実現する。
②胸郭からBack in space(屈曲させるのではなく、一度本人のパターンに入れて踵へ体重をのせて)、肋骨を下げて伸展させて(前方へpushして伸展するのではなく)、上方へ挙がる(つま先立ちへ)。
①~②で得た抗重力立位から、体幹を直立位に保ち、頭部は中間位保持しながら、腹部と仙骨部から骨盤をコントロールしていく。セラピストはより弱化している側から、選択的な骨盤の後傾に動かして、Stop standingを開始し、安定性の限界Stability limitまで誘導し、刺激の加重を行い、さらに骨盤の後傾を誘導して坐骨を座面につける。セラピストは骨盤から、脊柱を通して伸展活動がつながるポイントを見つけ、頭頚部・肩甲帯の安定性を確保しつつ、足底への重心コントロールによる加重をかけていくように操作し、そこから、体幹の伸展は維持された状態にて、重心を前足部から踵へ送るように介入し、活動的坐位Active sittingを作り出す。
実技-4:「Stop standingのための 部分課題part task 」
1)大腿四頭筋・内側ハムストリングスをキィポイントにしたstop standing
対象になる患者:大腿四頭筋の弱化Weaknessにより膝を過伸展し、虚脱Collapseしてしまう患者
①内側ハムストリングスと膝蓋骨下縁を把持する。膝蓋骨を上方に動かし、膝蓋腱を伸張して筋紡錘を刺激することで大腿四頭筋の活動を引き出す。内側ハムストリングスのゴルジ腱器官からの情報も考慮する。
②ハムストリングスは伸張性を減らすように回旋方向に誘導し、Stop standingとなる。
③ハムストリングスを抗重力方向に誘導し、立位となる。
2)両側ハムストリングスをキィポイントにしたstop standing
対象になる患者:大腿四頭筋の弱化Weaknessにより膝関節が過伸展となり、虚脱Collapseしてしまう場合
両下肢の内側ハムストリングス近位部を把持し、1)と同様に回旋方向に誘導してハムストリングスの活動を減弱して、Stop standingを開始する。
3)骨盤をキィポイントにしたCore controlの促通
対象になる患者:腰腹部安定性Core stabilityに関与する筋群、特に腹筋群が十分活動しないで腰背部が前彎になっている患者
①pAPAsの活動を得やすいように両上肢を挙上して前方の台に支持する。肩関節90度屈曲位はCOMを高くするのに最適な状態である。膝関節の虚脱が起こらないようにウェッジや枕などを活用して安定させる。
②後方から仙腸関節と腹部をキィポイントにして、骨盤を後傾方向に誘導する。この時ハムストリングスを働かせてCore Stabilityの活動が得られるように骨盤を操作する。
実技-5「Stop standing 多裂筋、腹筋群の同時活性化Co-activation」
・症例では腰部の硬さによって殿筋を引き挙げ、また胸腰椎移行部で動きを止めている場合が多く、腰背部の分節的分離が難しい。また、上部体幹が屈曲し、一見、骨盤が後傾しているように見えても骨盤を後方へ押しているだけであり、本来の後傾ではなく、その場合患者は頭部の過伸展で代償している。
①タオルをロール状にし、グラビセプターGraviceptorsを刺激しながら骨盤を操作する。また、バスタオルを後方から、腹部周囲をまとめる様に操作し、腰腹部安定性Core Stabilityを確保した中で、腰部から骨盤の運動を促す。
②仙腸関節の下から、多裂筋を片方ずつMobilize(筋膜コラーゲン線維部にあるゴルジ腱器官を刺激)し、抗重力へ多裂筋をSwitch onして、Segmental movement、Linear extensionを促す。
③腰方形筋のエッジをShapingし、もう一方の手で股関節屈筋をハンドリングする。
腰方形筋、股関節屈筋から側方運動Lateral movementを促し、コア・コントロールCore controlを促通し、腰腹部の安定性を作る。そこから、立ち上がりSit to standを通して、更にコア・コントロールを促通する。
実技-6「上肢の滞空反応Placing Responseの促通」
デモンストレーションの中で背臥位での上肢の滞空反応を促通する場面があり、追加の実技として行った。
滞空反応はボバース概念の中で特有であり、感覚情報に対して反応し、適切なアライメントを作れば筋収縮がおこり、これは自律的反応Automatic responseである。滞空を行う前に以下のことを確認する。
①Stop standingが可能か、姿勢コントロールを保持できるか。
②選択的肩甲骨セットSelective scapula setが可能か。安定した肩甲帯と肩関節の選択的屈曲が可能か。
③坐位にて肩関節90度屈曲位を保って麻痺側に倒れずに側方体重移動Lateral displacementが可能か。一側伸展Lateral extensionが得られて非麻痺側の自由度が得られるか。
坐位から背臥位Sit to supineになる際に、腰椎の過剰な前彎の背臥位にならないように、Back in spaceで動きを促しながらコア・スタビリティ を促通して活動的背臥位Active supineにする。足関節の背屈を保ち、下肢全体の中間位を維持する。鎖骨のアライメントを確認して、注意深く体幹を固定しないように麻痺側肩甲帯の下にタオルを入れることで高さを調整する。
生理的肢位から、手指の間に指を入れて母指から分離(外転・伸展)するように動かしていく。他の四指の長さを出すように、手内在筋をlong-short-long-short-long fingerへ。外在筋はストレッチせず、感覚情報の加重の結果として伸展へと導く。更に母指のアライメントを保ちながら手内在筋を刺激する。圧縮Compression, 伸長Distractionを行い反応がみられてきたら上肢を拳上する。一度屈曲位方向Into flexionして(手関節から屈曲してゆるめて)再び伸展して新しいアライメントへ保持させ、さらに各指へ運動感覚を提供していく。基本的には、母指球筋の活動性を保ち、セラピストの指を、手背側から各指間へ介入し、短い手掌と長い他指となるように誘導していく。また、長い腕が作られて滞空Placingが可能になったら、視覚に頼らずに動けるようにして、随意運動のパターンを増やしていく(但し、目を閉じさせるのは二重課題Dual taskになるので、タオルなどで目を隠した中で行っていく。)