上級講習会報告「Exploring Functional Recovery of Reach to Grasp」
上級講習会報告(8)
成人片麻痺上級講習会報告 2012年12月
講師:Mary Lynch Ellerington・紀伊克昌・真鍋清則・日浦伸祐
会場:森之宮病院
報告者:受講者一同
文責:真鍋清則
1. はじめに
2012年12月に行なわれた成人上級講習会について報告する。
期 間: | 2012年12月10日(月)~12月14日(金) |
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テーマ: | Exploring Functional Recovery of Reach to Grasp(リーチ・把握の機能的回復. 図1) |
指導者: | Mary Lynch Ellerington先生(IBITAシニアインストラクター、英国、理学療法士) 紀伊克昌先生(IBITAシニアインストラクター、森之宮病院、理学療法士) |
アシスタント: | 真鍋清則先生(IBITA成人基礎講習会インストラクター、森之宮病院、理学療法士) 日浦伸祐先生(IBITA成人基礎講習会インストラクター、森之宮病院、理学療法士) |
会 場: | 社会医療法人大道会 森之宮病院 |
参加者: | 24名(理学療法士18名、作業療法士6名) |
講習会プログラム(図1)
本講習会は、①システム理論を深く理解し、姿勢制御とリーチ・把握との関係性について考えること、②リーチ・把握と一側下肢支持の関連性について考えること、③肩甲骨の役割と肩甲骨の安定性について考えること、④リーチと把持の構成要素を分析すること、⑤理論とハンドリング技術を関連させることを目的に行なわれた。
2. 講義内容
1) 目標指向型活動(goal-oriented activity)における手の運動制限
中枢神経系が障害され片麻痺を呈すると、麻痺側上肢からの感覚入力が低下し、身体図式が低下する。これは発症すぐに起こる問題である。動かない麻痺側上肢・手の代わりに、目的を達成するために非麻痺側上肢と手の過剰使用が始まる(代償活動の始まり)。結果、麻痺側上肢・手に連合反応を招き、手の接触オリエンテーション反応(Contactual Hand Orientating Response:以下CHOR)が消失し、手の筋群の弱化、不使用による学習が起こる。これが代償方略Compensatory Strategyの悪循環となり、麻痺側上肢・手の機能回復が妨げられる。
上肢・手の回復の阻害因子をまとめると、①廃用性による学習(使わないという状態を学習すること)、②非対称な姿勢コントロールの結果として起こる肩関節痛、③手の浮腫、④連合反応である。連合反応は前庭系の正常な反応(代償活動)とも言えるが、麻痺側上肢・手の機能回復においてはマイナス要素である(図2)。
2) 手の治療と機能回復
上肢の機能には図3のような役割があり、手の回復の構成要素は図4が関わっている。特に視覚については、対象物を確認することでモチベーションを高め、大きさや手触りなどを予測し、前もって手の形を作る上で役立つ要素と、足元を見ながら歩くなどバランスや移動のために使うことで姿勢セットが屈曲要素になる代償方略Compensatory Strategyの要素があり、手の治療のキャリーオーバーに良くない影響があることが強調された。
“目的指向活動での手の運動”の説明では、手の機能は皮質脊髄システムに支えられているが、多くの脳卒中後遺症の場合は皮質脊髄路そのものに問題があるわけではなく、姿勢コントロールの影響によるものが大きく、手の治療のためには、姿勢セットを作り出すことが大切である。また、手の機能は身体全体の統合によって起こることを強調されていた。
3) 機能的リーチと把握のためのシステム
図5は、高いところにある物(例えば本)をとるために手を伸ばす場面である。図5の左に必要な構成要素、右に神経システムが示されている。
頭部より上方のリーチ活動では、一側下肢支持(SLS:Single Leg Stance)が必要となる。このことからも上肢機能の治療を考えていくにあたり、下肢機能を無視することはできない。
神経システムとしては、対象物を視覚でとらえるための頭頸部の安定性に視蓋脊髄系、前庭脊髄系が関与する。体幹のコントロールには皮質網様体脊髄路系が関与し、前庭脊髄系の賦活により、より強力な下肢の伸展活動が可能となる。物をとるための上肢・手のコントロールは皮質脊髄系、赤核脊髄系、皮質網様体脊髄系によって行なわれる。対象物にリーチしても手が届かない場合は、下肢のステップをする、あるいはつま先立ちになるが、これには皮質脊髄系が関与する。
4) 感覚機能および身体図式、姿勢制御
感覚受容器、上行性経路の説明があり、グラビセプターGraviceptors、皮膚感覚、固有感覚は速く伝わる感覚情報である。患者は発症後、元々持っていた身体図式とは違うものに変化し、姿勢制御と運動制御にとってより良い身体図式を再構築する必要がある。
姿勢オリエンテーションとして垂直オリエンテーションを使うためには安定した身体に対する四肢の運動が必要である。それによって感覚のフィードバックが減り、感覚がより明確に整理整頓される。患者の上行性経路は損なわれているわけではなく、脳の病変によって感覚統合が少なくなり、身体図式が減って明確ではなく整理されていないものとなっている。これにより、フィードフォワードのコントロールが低下し、選択運動は行い難くなる。
5) 肩甲骨の役割と肩甲骨の安定性
肩甲骨は、上肢の運動をコントロールするための動的安定性Dynamic Stabilityの源であり、下肢からの力を体幹、手に伝える役割がある。肩甲骨の安定性は、肩甲骨と胸郭の間に付着する筋、すなわち僧帽筋上部・中部・下部線維、肩甲挙筋、前鋸筋、小菱形筋、大菱形筋、小胸筋が協調し合うことで実現できる。臨床上、肩甲骨の安定性を欠いた症例では、以下のような筋の不均衡がしばしばみられる。僧帽筋中部・下部線維が弱化し、それを上部線維、肩甲挙筋が短縮を起こし固定として作用する。また、先行性姿勢調節(preparatory APA)支配を受ける前鋸筋、小菱形筋、大菱形筋は弱化しやすく、回復が阻害されやすい。小胸筋が短縮を起こし、屈曲傾向を強めてしまう。
肩甲骨の安定性を改善するためには、肩甲上腕リズムについての知識も重要である。肩甲骨は安静位から上腕挙上30度までは下方回旋(平均5度)に動き、肩甲骨の安定に作用する。これを肩甲骨のセッティング相という。肩関節屈曲30度から最終可動域までの肩甲上腕リズムは2.3:1~2.7:1である。片麻痺患者では肩甲骨と上腕骨の動きが一体化してしまい、非麻痺側での代償や体幹での代償を引き起こす。肩甲骨・上肢をハンドリングする際には、この肩甲上腕リズムを意識する必要がある。
6) 手の接触オリエンテーション反応CHOR(Contactual Hand Orientating Response)
今回の講習会では講義からデモンストレーションまで、非常にCHORが重要視されていた。
CHORは手の接触オリエンテーション反応と訳され、面と手が摩擦をもって接触している状態である。主な効果としては、姿勢オリエンテーションを改善し姿勢安定性を強化することから姿勢コントロールの一部と考えられる。また、身体図式を改善し先行随伴性姿勢調節(APAs)の発現を助けることが挙げられる。
上記から、CHORとはリファレンス(参照枠)としての正中線オリエンテーション、軽度のタッチによるバランスの補助、上肢の支持と荷重、手・肘・肩関節の選択運動のための姿勢安定性、反対側上肢が正中線を交叉する課題などの要素を促通するものである。
CHORは発症後最初に獲得されるべき手の機能で、リハビリテーション過程の初日、即ち急性期から考慮され、尚且つその状態を継続できることが臨床上重要である。つまり、どの時期においても欠かせない機能である。急性期片麻痺患者ではCHORの継続と使用が、急性片麻痺患者の立ち上がりの準備となる。手は大脳皮質に繋がる体性感覚受容器の最大のものであり、支配領域も大きく、摩擦接触は感覚として強く速く伝わるものであるため、身体図式への影響が大きいと考えられる。
3. デモンストレーション
症例1
1) 患者紹介
診断名:アテローム性脳梗塞(左放線冠)
現病歴:7月15日に発症、8月7日にM病院に入院
全体像:60歳代男性。右片麻痺。コミュニケーション良好。歩行は屋内独歩レベル。
2) 評価
歩行では、視覚的代償を使い、麻痺側下肢の振り出しを股関節屈曲で持ち上げるように行っており、麻痺側足部には内反がみられた。リズミカルな歩行が難しく、体幹の抗重力伸展活動が乏しい。歩行開始時、非麻痺側下肢からステップを行ったことから、姿勢コントロールは比較的良好であることが考えられた。
立位での脱衣時、体幹屈曲、麻痺側肘関節および手指屈曲の連合反応がみられた。また、両肩甲骨のアライメントには非対称性があり、リーチReachに必要な一側下肢支持SLSが難しい状況であった。
3) 治療(1日目)
立位にて、前方に置いたアダプタテーブル上へ、肩の高さで上肢のリーチReachを誘導しCHORをセットしたが、麻痺側手掌がテーブルに十分接触せず、手関節掌屈位となった(手関節の背屈の可動域制限、背屈30度で疼痛あり)。また、橈骨の可動性が乏しいために、手に浮腫を認めた。
坐位にて、麻痺側上肢と体幹の間にクッションを入れ、尺側に安定を与え、腕橈骨筋の長さを作り、回外方向の可動性向上を促した。最終的に母指から回外を誘導して、前腕の選択運動を促した。この時、上腕筋による屈曲要素を除き、上肢の長さを得て、麻痺側上肢を滞空Placingし、同時に体幹の姿勢コントロールを促した。麻痺側上肢挙上時、三角筋と上腕三頭筋の協調性を促すことで、上肢と肩甲骨の選択性を高めた。麻痺側上肢を前方のアダプタテーブル上にのせ、手の虫様筋を活性化させる手の治療に移行した。
4) 治療後の評価・課題
歩行中、体幹の屈曲固定が軽減したことで、足部内反の軽減もみられた。上肢においては、手掌の接触が可能となった。しかし、手関節の可動性に制限があり、アライメントを修正することが困難であったため、上肢を支持として使用できなかった。両側肩甲骨のアライメントの非対称性は改善され、麻痺側上肢挙上時の選択性は認められるようになった。しかし、麻痺側上肢を下制すると、肩甲骨も一緒に下制するという課題が残った。
5) 変化点(キャリーオーバー)
立位時の体幹の非対称性・麻痺側肩甲骨の下制が軽減し、脱衣時の麻痺側手の参加がみられ、手も開きやすくなっていた。
6) 治療(2日目)
手関節・手指の屈曲要素が肘や肩の弱化につながっているため、初めに尺側を安定させて橈側に可動性を求めた。そして、橈骨と尺骨に対して入り込んでいる手根骨のアライメントを修正していくことで、さらに屈筋の長さを得ることできた。
肩甲帯の安定性と肩を外旋位に維持するために、アダプタテーブルに体幹を前傾させた姿勢をとり、上肢を支持しつつ体幹を起こしていくことで肩甲帯の安定性を促通した。
次に活動的背臥位Active Supineへと治療肢位を変更し、より高い位置で肩甲帯と上肢の滞空Placingを得るため、三角筋を促通した。その際、両足底に参照Referenceを与えて、下肢の直線的アライメントStraight Line Pathwayを維持した。この様な配慮をすることで患者は立位の時と同じ感覚を得えることができ、姿勢制御のシステムをより活動的にすることが可能になり、上肢の滞空Placingがより迅速に可能となると説明された。そして、肩甲骨を内転方向へ誘導しながら、上肢を外転挙上位へ引き出していくことで三角筋が活性化し、滞空反応Placing Responseが促通された。
さらに立位では、上肢全体を重力に対して落とすのではなく、肩甲骨を落下させないで上肢を下方に動かす事を学習した。前方に立った受講生の肩を押すことで、手掌面からも感覚入力を促し、患者自身にリーチReachの長さを探索するように働きかけた。その後、肩甲骨の位置を保ちながら、肘から上肢を降ろしていく運動練習を繰り返した。
7) まとめ
前日の治療により、上肢を挙上する際は肩甲帯の安定性Stabilityを保つことができるようになっていた。しかし、上肢を降ろす際に肩甲骨の安定性を失う傾向にあり、肩甲骨と上肢が一塊で動いてしまっていた。治療では肩甲骨を常に安定させる練習を中心に行っていった。肩甲骨の安定性が得られるためには、下肢からのStraight Line Pathwayが保たれた上で体重が均等にかかる必要があった。そのため、骨盤帯の活動と麻痺側下肢の支持を促通し、患者自らが自信を持って下肢に荷重できることが、治療展開には必要であった。そして、患者にもっと上肢を使ってもらえるようにするためには、一側下肢支持Single Leg Stanceでのリーチ活動Reach Activityに集中した治療が必要であり、そのためにはOverhead Reach Patternを促通していくことが重要と説明されていた。
症例2
1) 患者紹介
診断名:アテローム血栓症脳梗塞(左放線冠)
現病歴:7月23日に発症、8月30日にM病院に入院
全体像:60歳代男性。右片麻痺。コミュニケーション良好。
2) 評価
歩行の獲得後より約3か月経過し、現在独歩可能。麻痺側上肢の連合反応は見られず、歩行の振り出しには体幹屈曲要素が見られる。立位時に非麻痺側膝の過伸展がみられ、ハムストリングス近位部が弱化し、骨盤の可動性が妨げられていた。その状態が、広背筋の過活動に繋がり、肩関節の内旋・上腕骨の固定Lockを引き起こしていると予測された。
右肩甲上腕関節の屈曲可動域は40度で、右肩に安静時臥位と、屈曲・外旋時で痛みが出現する。肩甲骨のアライメント不良があり、疼痛の回避肢位として肩関節内旋位がみられた。手関節の硬さのため、麻痺側のCHORが難しく、手外在筋の活動性が優位であり、手内在筋の弱化が認められた。
3) 治療(1日目)
立位で、麻痺側上肢・手掌でのCHORをセットするために、手指を把持しMP関節の屈曲・伸展を通して手内在筋の活性化を図った。
ストップ・スタンディングStop Standingを行い、非麻痺側下肢・ハムストリングスの活性化を図り、膝の過伸展を軽減させて股関節伸展要素、コア・コントロールを高めた。pAPAsを働かせることによって、肩甲帯に安定性を与えた。
坐位で、広背筋(下部線維)の短縮の改善を図ると、麻痺側肩甲骨のプロトラクションが促し易くなった。また、一塊となっていた広背筋(起始部)と大円筋にそれぞれモビライゼーションMobilisationを行い、筋の粘弾性回復と活性化を図った。次に、体幹を伸展して、後側方に両側CHORをセットした状態で大胸筋をディウェイトDeweightし、小胸筋の短縮を取り除いて、肩甲骨の可動性を改善させ、Scapula setを実現した。
4) 変化点(キャリーオーバー)
患者は夜に肩の痛みが少なったと喜ばれており、歩きながら会話をすることができるようになっていた。体幹は垂直位に維持しており、足部のアライメントも改善して、下肢は直線的肢位Straight Line Pathwayに維持できていた。90度までは肩甲骨を安定させた状態で挙上することが可能であり、胸筋は長さを保つことができていた。90度以上の挙上では上腕三頭筋の弱化、広背筋の長さに問題がみられ、肩甲上腕関節にも十分な可動性が得られていなかった。
5) 治療(2日目)
立位でアダプタテーブルの上にCHORをセットする事から開始した。一塊になっている近位の上腕三頭筋、円筋群と広背筋を区分化し、肩甲骨の位置を整えていった。そして、上腕三頭筋の遠位端を操作して肘の伸展を誘導し、遠位端を筋の真ん中に向かって持ち上げるように加重することで、さらに強化した。患者の上腕三頭筋は筋腹が盛り上がり、視認できるほどの活性が得られた。次にCHORを維持しながらのStop Standingを繰り返していった。メアリー先生はこれが可能となっていくことは二重課題Dual Taskのため、患者が随意的に上肢を保っていることになると説明された。
肩甲骨セットScapula Setを維持しながら活動的背臥位Active Supineに治療姿勢を変更し、その際は体幹を分節ごとに下へ降りていくように誘導を行った。背臥位では、視覚情報を取り除いた状態で手に動きの情報を送るため、アダプタテーブルへ手を置いてもらった。その中で手根骨や母指球のアライメントを整え、母指から各々の指を真っ直ぐにStraight Line Pathwayに維持し、手指の分離を促通した。そして、手関節から上肢挙上を誘導し、手がリーチReachのリーダーとなり、滞空反応Placing Responseを促通した。上肢の滞空Placingに活性が得られ、セラピストの手を外して肘関節の選択的屈伸を練習し、肩関節の外転・外旋位でも肘関節の選択的屈伸を行うことが可能となるなど、分離が得られはじめた。
しかし、患者は上腕三頭筋が外転要素として働いており、まだ三角筋の活性が不十分であった。そのため、坐位にて麻痺側方向へ体重移動Weight Transferを伴った側方リーチを誘導し、その中で三角筋をハンドリングして活性化を図った。三角筋が働き始めると手指の伸展が可能になり、患者は手指を随意的に伸ばすことが少しできるようになった。母指もハンドリングに追随することが可能となり、次第に随意的に動かせるようになった。さらに、自分の力で上肢を長く伸ばしながら、テーブルの上に手を置けるようになるなどの改善も得られた。メアリー先生は手の硬さは減ったが、手関節の外在筋の弱さを指摘し、2日目のデモンストレーションは終了した。
6) 変化点(キャリーオーバー)
肩甲骨の可動域が改善し、大円筋の過緊張は消失、筋に長さが出現した。上腕三頭筋はActive Straight Line Pathwayとなっており、上腕骨頭は肩峰の下へと修正されていた。肘を曲げて手指先を肩につけることができており、大胸筋にも遠心性の活性化が得られていた。
7) 治療(3日目)
立位にて肩甲骨を後傾させることで肩甲骨セットすることから開始し、肩関節90度外転を行った。肩甲上腕関節を外に引き出していくことDistractionを繰り返すことで、外旋運動が出現し、Over Head Reachの誘導が可能となった。また、上肢を降ろす際は、肩甲骨を上方へ保つことに注意を払ってハンドリングを行なっていた。立位で肩を外旋位に保持することが可能となり、関節窩で内旋・外旋をすることが可能となった。捩れを伴わない外転が出現し、三角筋にも筋活動が得られた。上肢が軽くなり、肩甲帯の安定性Stabilityに改善が得られた。
次にアダプタテーブルに上肢を90度挙上位で置き、三角筋の活性を維持した中で前腕の治療を行った。前腕筋のエッジを見つけてDeweightし、回外へと誘導した。その時、三角筋と上腕二頭筋も同時に活動性を増していくことが確認できた。メアリー先生は、前腕が屈筋群の上部に引っ張られ回内方向に向かっているため、回外から準備していくことが治療的に有効であると説明された。
そして、三角筋が活性化した状態でCHORをセットし、手関節・手指の構成要素の治療を行った。手関節は、手根骨が固定lockされているため伸展が得にくくなっており、手根骨を持ち上げつつ、手指を長く伸ばしていく必要があった。硬さのある中手骨間も少し持ちあげ、手関節の伸展を誘導すると、IP関節屈曲が強くなり、MP関節から動けてないことも確認できた。そのためMP関節のモビライゼーションMobilisationを行い、手外在筋屈曲の影響を押え、内在筋の活性化へと治療を展開した。その際、小指外転筋を安定させて、中手骨に可動性を求め、手内在筋を活性させた。尺骨にも安定性が得られはじめ、橈骨の選択運動が可能となった。そして、手指の伸展を維持し、体幹や頸部の代償に注意しながら前腕の回内と回外を積極的に促通した。患者は肘を屈曲させながら前腕を回外し、顔に手を持っていくことができるようになり、前腕の回内・回外とともに上腕二頭筋を働かせることが可能となった。メアリー先生は手指を伸展させ、前彎の回内・回外を選択的動かすことができることは、物品操作時の手指操作Manipulationに繋がることを話された。
次に手関節・手指に安定性が得られてきたので、ペットボトルの操作を通してさらなる運動性を促通した。母指から動いてボトルを押すことから開始し、ボトルを持ち上げて降ろす運動を強化した。その時、メアリー先生は手に意識を向けるのではなく、物を動かすことに意識を向けることを強調された。ペットボトルに対する手の接触が良くなり、上腕三頭筋に活性がみられた。そして、手指の伸筋群に刺激を与えるため介助者が添えた手を指で押しのけてもらうことも繰り返し、最終的にはペットボトルを押して傾ける、持ち上げることを殆ど自分で行えるようになった。
最後にGuide Task Practiceでの練習を行った。①ペットボトルに対して手からリーチしていく、②ペットボトルを倒す、③倒したペットボトルから離してRelease手を戻す、④ペットボトルを把握Graspしたまま保つ、⑤立位にて麻痺側上肢で支持して、投げたペットボトルを非麻痺側上肢で取るなど一連の課題を行った。メアリー先生はGuide Task Practiceについて、学習されたNo Useを克服するため、どのように動いていくかを強化するための反復練習であり、運動準備Preparationが整った上で可能となることを強調された。
8) 結果・まとめ
患者は力の出る感じがまだわかり難い様子であったが、上肢を自分のものとして感じられるようになったと話された。外観的には上肢全体の筋腹がはっきりしてきて力強い腕となっていた。また、肩を挙上しても痛みを感じなくなるなど、3日間の治療デモンストレーションで大きな改善が認められた。メアリー先生は患者の主要な問題は肩甲帯の不安定性に起因するバイオメカニカルな問題が大きかったと話された。そのため、治療では肩甲帯の安定性を促通し、各々の構成要素にみられた筋弱化Weaknessを活性化していった。さらに手関節・手指の機能を改善するためには回内と回外の運動を引き出して手外在筋の屈筋群を抑えることが必要であり、それが実現できると虫様筋などの手内在筋を活性化することが出来ることも説明された。
4. 実技
1) 車椅子から立位の獲得(STS)
①車椅子坐位の姿勢評価。矢状面における足部から頸部までの対称性を評価(SLP Straight Line Pathway)し、上肢の滞空反応Placing Responseを評価する(図1a)。
②麻痺側股関節外転の構成要素を修正。背もたれから体幹を離し体幹の抗重力伸展活動を得るために、大転子や中殿筋などのアライメントを修正する。コア・スタビリティCore Stabilityが得られたまま背もたれから体幹を離す(図1b、1c)。
③体幹の抗重力伸展をより自発的に保持できるように、リファレンスとして背面にポールや仙骨から枕を入れる。また、麻痺側股関節が外転・外旋位になる場合は、中間位を保持するために股関節外側をバスタオルで支える。
④股関節屈曲しないで麻痺側の踵を床面に接地させながら膝関節伸展して、下肢全体の長さを得る(踵に摩擦刺激を与え、小脳から前庭脊髄路に感覚情報を与える)。その時に患者の内側ハムストリングスの短縮がある場合は、内側ハムストリングス遠位部のゴルジ腱器官に刺激(筋腱移行部の振動刺激)を与え、筋の長さを得る。膝関節伸展とともに内側広筋を活性化する(図1d)。
⑤足関節底屈と同時に前脛骨筋のアライメントを修正し、筋の長さを得る。足部外側縁(小指外転筋の保持)から足部外返し・足関節背屈を誘導し、股関節屈曲しないで踵に摩擦の刺激を入れながら、膝よりわずかに後方の位置で踵を安定させる(立つ準備=脊髄小脳路に働きかける)(図1e)。
⑥踵に対しヒラメ筋を把持しながら(筋腱移行部)、求心性・遠心性収縮を繰り返し(わずかな範囲)アライメント修正し、腓腹筋の活動を促す準備をする(図1f、頭1g)。
⑦腓腹筋内側頭の筋腹を把持し、求心性・遠心性収縮を促しながら、踵を床に付ける。腓腹筋の活性化によって結果的にヒラメ筋の長さを得る。
⑧立ち上がりSTSを行うために、麻痺側上肢を滞空保持し、非麻痺側体幹のpAPAsを得る。そして、非麻痺側上肢も滞空保持し、両上肢をセラピストの体幹で安定させて、体幹伸展を促す。体幹を後方に動かしBack In Space、更に前方誘導して立ち上がる(図1h、頭1i)。
2) ストップ・スタンディングStop Standing
①二足立位Bipedal Standing:足背から足関節の状態を評価し、麻痺側の踵をdeweightし、踵の位置を整えて、骨盤・股関節・膝関節・足関節の直線的アライメントSLP Straight Line Pathwayを設定する。非麻痺側も同様にアライメントを整える(図2)。
②ストップ・スタンディングStop Standing:反跳膝が強い症例においては、矢状面において下腿と大腿骨が重心線に対して後方に位置しており、下肢の抗重力伸展活動が得られない状態である。そのため、CHORを設定し、グラビセプターGraviceptorsを刺激することによって前方に参照ができ、体幹と下肢の抗重力伸展活動が賦活されやすくなる。ハムストリングス近位部を求心性に刺激して、ハムストリングス遠位部での遠心性活動を得ることによって、股関節の強い持続した伸展活動を促す(図3a、3b、)。
3) ストップ・スタンディングStop Standing、長坐位 Long Sitting、活動的背臥位Active Supineの誘導
①二足立位Bipedal Standingの評価を行い、ストップ・スタンディングにて端坐位に誘導する。端坐位で上部体幹を伸展に保ち(COMを高い位置に維持)骨盤の選択運動を促して一方の下肢をベッドに乗せる(図4a)。この時、Core Stabilityを保ち、股関節の屈曲をより少なくする事に注意を行う。一側殿部に安定を与え、反対側の下肢をベッド上にのせる(図4b)。そのとき、ハムストリングの短縮があり、膝が浮いてしまう場合、タオルなど入れる。
②コア・スタビリティCore Stabilityを保ったまま、股関節の動きではなく、骨盤から脊椎(頸部も含めて)の選択運動を促し、長坐位Long Sittingから活動的背臥位Active Supineに誘導する(図4c)。
③両足関節の背屈・外かえし要素を作り、板などを使って踵と足底全体を支えた状態を設定する。背臥位でも二足立位と同じ状態を設定することによって、先行随伴性姿勢調節APAsを促通し、両手関節の伸展要素を活性化しやすくなる(図4d)。
4)背臥位での上肢の滞空反応の促通
①活動的背臥位Active Supineにてコア・コントロールCore Controlを行いながら、背臥位までポジションをとり、足関節背屈位で足底からの感覚入力を行いながら、二足立位の状態を作る。
②上肢遠位部より母指球と小指球のアライメントを整える。セラピストが母指球筋を把持して前腕中間位で安定させる(図5a)。
③回内位より母指球を把持して示指から小指のDIP関節とPIP関節を伸展させながら、MP関節に対して圧縮Compressionと伸長Distractionを反復刺激して手内在筋の伸張反射のみ誘発させる(図5b)。
④MP関節の圧縮Compressionと伸長Distractionを反復刺激したのちに、伸長Distractionのみを誘導しながら、長い手指を促し、同時に上肢の滞空反応Placing Responseを誘発する(図5c)。
⑤滞空反応Placing Responseを高めながら、手指の伸展と同時に肩甲骨の外転をセラピストのつま先でサポートして長い上肢を作るように誘導する(図5d)。
⑥患者の手の背側面よりセラピストの手掌面をあてて、MP関節より屈曲させPIP関節とDIP関節を屈曲して把握Graspする。反対に手指を広げる場合は、MP関節を屈曲から伸展させてPIP関節とDIP関節を伸展する。この2つの過程を反復する(図5e,f)。
⑦患者の手掌を把持して、滞空反応Placing Responseを高めながら上肢を外転方向へ誘導する。この時、肩甲骨を下制・内転させながら肩甲骨セットScapula Setを実現する。
5)背臥位でのリーチ
①枕をセラピストの大腿部に乗せて上肢を肩関節90度外転位から滞空反応Placing Responseを高めながら、枕の上へ安定させる(図6a)。手関節軽度掌屈より豆状骨のアライメントを修正する。セラピストの母指で豆状骨を患者の手掌側へ安定させ、屈筋群をDeweightさせながら硬く短縮している部分をモビライゼーションして正しい位置に戻す(図6b)。
②豆状骨より尺側手根屈筋を伸張させ、手関節伸筋群を安定させながら伸筋へストレッチせずに前腕回内運動で伸張反射を前腕伸筋群へ起こす(図6c)。前腕回内から回外時に手関節伸筋の伸張反射を利用しながら、手関節背屈を同時に行う(図6d)。
③手関節背屈を促しながら肘の屈曲を行い、選択運動で上腕二頭筋のコントロールを高める(図6e)。
④肘関節の選択運動が可能になれば、滞空反応Placing Responseにて上方にリーチReachingさせて、上肢遠位部より滞空反応Placing Responseを高めながら肩甲骨セットScapula Setを行う(図6f)。上肢の選択運動を促しながら、肩関節内転方向に誘導して体側につけて、機能的な内転を促す(図6g)。
6)机上でのReach& Grasp
① 端坐位で行うために、コア・コントロールCore Controlを高めた状態で、机上にて手の接触オリエンテーション反応CHORの準備を行う。セラピストは患者の母指を把持して、上腕部分で上部体幹を支えながら中枢部キィポイントを起して安定させる(図7a)。
② 手背側面より四指と母指を把持して、母指を安定させながら四指を伸長Distractionして手掌を広げる。四指のPIP・DIP関節は伸展させた状態で、MP関節より屈曲させMP関節にCompressionさせながら虫様筋を活性化する(図7b,7c)。
③ 同じ動きを再現させながら、机上でのタオルを使用しタオルをたわめる。この場面では視覚との協調も重要となる。
④ 十分な手内在筋の活性化を促して把握Graspが実現できれば、ペットボトルなどを使ってリーチReachingを促す。ペットボトルに対して母指より誘導し方向づける。母指が到達すれば四指は長さを維持してペットボトルを握る(図7d,7e)。
⑤ リーチの場合は速度に対して課題を設定する必要がある。人のリーチは速度が要求され、速度に対して応答するように適応させる(図7f)。