上級講習会報告(7)
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上級講習会報告(7)
成人上級講習会の報告
「肩甲骨セットと上肢のリーチ」
成人片麻痺上級講習会報告 2012年7月
講師:紀伊克昌・真鍋清則・大橋知行・土井鋭二郎
会場:森之宮病院
報告者:受講者一同
文責:真鍋清則
受講者一同
1.はじめに
2012年7月17日(月)~7月21日(金)、森之宮病院にてシニアインストラクターの紀伊克昌先生と基礎講習会インストラクターの真鍋清則先生によるボバース概念に基づく成人上級講習会が開催された。森之宮病院の大橋知行先生、ボバース記念病院の土井鋭二郎先生もオブザーバーとして参加された。(図1)
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図1 講習会参加者
2.概要
受講生は19名(理学療法士5名、作業療法士13名、医師1名)。講習会のプログラムは講義、デモンストレーション、治療実習、実技練習、質疑応答(意見交換)から構成されていた(表1)。
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表1 講習会プログラム
3.講義:真鍋先生
1)ボバース概念と代償活動
複雑な統合過程が崩れてしまうと、患者は代償活動compensationを使わざるを得なくなる。そして、身体各部位の相互関係に注目する必要があり、各パーツに分けて治療を行うことはあってはならない。また、代償活動compensationは最少化する必要があり、同時に機能は最適化していくことが必要となる。
2)身体イメージと身体図式
身体図式Body schemaは明確な意識に上る身体イメージBody imageとは異なり、意識に上ることなく身体の運動を制御する側面をもつ。身体図式Body schemaは視覚的タッチと運動部位からの固有感覚の空間統合である。身体イメージBody imageは一人称的であり世界中心の空間座標であるが、身体図式Body schemaは全人称的であり身体中心の空間座標となる。姿勢制御と運動制御には、身体図式Body schemaが不可欠であり、胸郭・肩甲帯・上肢を一体化して動かしてしまうなど望ましくない動きも感覚運動経験(学習)によって形成されてしまう。
3)感覚刺激の構成要素
感覚刺激の構成要素には4つが挙げられる。種類Modalityでは受容器または求心路の違いによって生じ、患者では視覚における代償活動に繋がりやすい。部位Locationにおいては、セラピストはキーエリアからどのような応答をリモートコントロールし引き出すかが鍵となる。また、刺激の強度Intensityおよびスピードやリズムといった持続時間Durationが挙げられ、ハンドリングでは常に意識することが必要である。
4)姿勢制御と運動制御
姿勢制御と運動制御は、個人・課題・環境の相互関係の中で達成されるべきである。姿勢制御方略には、reactive (compensatory) strategies:想定外の姿勢外乱に対するフィードバック制御、proactive(anticipatory)strategies:想定される姿勢外乱に対するフィードフォワード制御、それらの組み合わせcombinationがある。Jean Massionによる姿勢制御システムモデルのオリジナルにおいては、多重感覚入力のgraviceptorsは最下位に位置されているが、セラピーの観点からはGraviceptorsは常に活性化されていることが必要であり、重要な感覚情報である(原著では視覚が最上位に位置されていたが、視覚による代償活動によってAPAs機構が阻害される可能性があるため、改訂してある)。
5)姿勢・運動制御のシステム
大きくは腹内側運動系と背外側運動系に分類される。腹内側運動系では様々な脳領域からの情報が橋・延髄網様帯、中脳上丘に収束convergenceされ、更に前庭核からの情報と共に協同する筋活動パターンとして脊髄の幾つかの領域に拡散Divergenceされる。多分節で両側性に支配しており、体幹筋・近位伸筋群を制御し、起立・歩行、バランスに関与している。背外側運動系では、拡散された多くの感覚情報が一次運動野に送られ、個々の筋の活性化と側方抑制を伴いながら、脊髄の別々の部位に収束される。極少数の分節を対側性に支配しており、遠位屈筋群を制御し、四肢の運動方向や手指の精緻運動、感覚入力の制御に関与している。
6)先行随伴性姿勢調節:Anticipatory Postural Adjustments
APAsは随意運動のためのフィードフォワード姿勢コントロールであり、随意運動の予測される妨げに対して身体を備えたり、随意運動で引き起こされた姿勢外乱影響を好転したりする役割を持つ。APAsは運動に100ms先行して生じ、運動時に身体、身体部位を安定させるものである。正常発達では生後約18ヶ月でAPAsが獲得され、それ以前はフィードバック姿勢コンロトールによってerror movementを経験しながら姿勢制御を行っている。臨床的に、患者の多くはAPAsが崩れていることが多いため(望ましくないAPAsが認められる場合もある)、セラピーでAPAsを変えることが重要である。
7)セラピー上で考慮すること
身体のどの部位に感覚入力sensory inputしたいのか?を考えること(Location)。視覚刺激を強く使いすぎることは、用い方によっては代償方略を強める可能性があるため、固有感覚と体性感覚を優位に用いることが有効なことが多い(Modality)。グラビセプターgraviceptors、皮膚感覚、固有感覚はセラピストが直接操作できるものである。二点識別覚を試験することは、外側皮質脊髄路を活性化し、随意運動を実現できる可能性が考えられる。また立体覚は二点識別覚が関係しており、運動能力、中枢神経系に様々な情報を伝える体性感覚受容器、手の操作Manipulation (変化を認知する能力)、関節の位置感覚、知覚、過去の経験の有無、といった要素と組み合わされたものである。
8)リーチreachと把握grasp
システム理論をより深く理解し、姿勢制御とリーチと把握との関連性を考えることが大切である。その中で、一側下肢支持Single leg stanceの重要性、肩甲骨の安定性と役割、リーチと把握の構成要素を考えることが重要である。
リーチには、自分の体と対象との位置関係を認識するために視覚・頭部・上肢との関連が重要でこれらが協調し機能することでより効率的な手の移送が可能となる。またリーチの際には姿勢コントロール(pAPAs、aAPAs)の役割がきわめて大きい。リーチと把握に関しては視覚的に対象の特徴(形や向き、対象は何なのか)という概念や、視覚、体性感覚、固有感覚などの各感覚系の関与や協調した活動とするために、さらに頭頂葉の連合野などの関与も重要である。メカニカルな要素としては肩甲骨、上腕、肘、手関節、手指の各部位が正しい運動をすることに加え、協調して動くことが大切である。
9)肩甲骨の役割
リーチと把握による手を機能的に使用していくためには、肩甲骨が重要な役割を担っている。
肩甲骨に起始・付着を持つ筋は全部で17筋(棘下筋・棘上筋・大円筋・小円筋・肩甲下筋・上腕二頭筋・小胸筋・烏口腕筋・僧帽筋・三角筋・広背筋・上腕三頭筋・大菱形筋・小菱形筋・前鋸筋・肩甲挙筋・肩甲舌骨筋)あり、上肢の運動をコントロールするための動的安定性Dynamic stabilityの源であり、下肢からの力を体幹から上肢と手に伝える重要な役割がある。つまり、肩甲骨は姿勢制御postural controlの一部となっている。
10)肩の複合体shoulder complex
肩の複合体shoulder complex(①胸鎖関節、②肩鎖関節、③肩甲上腕関節、④肩甲胸郭関節、⑤第二肩関節、⑥肋椎関節、⑦胸肋関節)は、環境との相互作用のために手を適切な肢位で設定する能力と空間でオリエンテーションorientationすることに関連している。その為、自由度の高い運動mobilityと肩甲骨の安定性stabilityが不可欠である。
脳卒中患者では手を適切な位置に設定することが難しい。空間での姿勢オリエンテーションができることで、随意的なコントロールが十分回復しなくても代償動作は最小化することができる。
11)肩関節の運動性について
Codman(1934)とInman(1944)は、肩甲胸郭関節の運動を「肩甲上腕リズムscapulohumeral rhythm」という用語を使って表した。Inmanは、肩甲骨の運動範囲は60°以下で肩甲上腕関節も120°以下であり、上肢を挙上する時に肩甲胸郭関節が1°動くごとに肩甲上腕関節が2°動く関係を示唆した。しかし、最近の研究で30°から最終可動域までの肩甲上腕リズムは2.3:1~2.7:1であるとBraman et al(2009)は発表している。加えて、上肢挙上時、上腕の最終挙上まで肩甲骨は後傾、上方回旋、外側回旋する。上腕骨は肩甲骨に対して挙上、外旋するとも述べている。
12)肩甲骨の安定性について
肩甲骨が安定するためには肩甲骨セットScapula setが重要であり、正常な肩甲帯機能の基本的要素である。肩甲骨の上角は第2胸椎棘突起、下角は第7胸椎棘突起に位置しており、胸椎棘突起と内側縁との間は5~6㎝である。肩甲骨は前額面に対して30~45°、肩甲骨と鎖骨は60°の角度をなす。前額面上では肩甲骨は10~20°前傾し、垂直線と肩甲骨の角度は10~20°上方回旋している。肩甲骨の安定する位置をresting positionともいう。
肩甲骨の運動は、①挙上‐下制、②下方回旋‐上方回旋、③外旋‐内旋、④前傾‐後傾、⑤外転 – 内転、⑥前方突出Protraction‐後退Retractionがある。
肩甲骨と胸郭の間に付着する筋(前鋸筋・僧帽筋・大小菱形筋・肩甲挙筋)には肩甲骨を安定させる機能がある。また、肩甲骨は自由度mobilityが高く、上肢が動いていく時にその動きを妨げることなく、動きに伴い協調的に動くことが重要である。
肩甲骨の安定性を得る為には、三角筋中・後部線維と前鋸筋が働かなければならない。上肢を操作するためには姿勢コントロール(BOSからの抗重力伸展活動)が必要不可欠である。上肢操作時に僧帽筋上部繊維の働かせ方を間違えると、上肢の吊り上げlifting(肩関節内転・内旋)となり、屈曲のイメージが強くなるため効率的な運動を発揮できない。肩甲骨の動きはリーチパターンの基本となるため、肩甲骨の不安定性instabilityは、非効率な上肢の運動や肩の痛みに繋がる。よって、肩甲骨の安定性を実現するためには、可動性が必要となり、どの方向への動きに対しても筋が協調的に働くことが重要となる。その際、単一筋が働くのではなく、筋が協調的に働くことが重要である。
13)偶力 Force couple
肩関節の安定を維持するため、偶力Force coupleという機構が働く。上肢の運動に伴って肩甲骨安定筋(僧帽筋上部・中部・下部線維、肩甲挙筋、大小菱形筋、前鋸筋)の活動は変化する。
内旋筋と外旋筋が均衡した力を発揮する事で上腕骨頭を安定させているものであり、外旋筋に属する棘上筋・棘下筋・小円筋や内旋筋に属する肩甲下筋などの個別の筋強度より、筋のバランスが重要である。これらは、回旋軸が中心として回旋運動を起こすときに重要となり、筋活動のバランスを決定する因子は①筋の長さ、②筋膜、③神経漸増のパターンである。
偶力Force coupleの基本的機能は、関節の安定性を維持することであるKibler(1997)。
4.講義:紀伊先生
1)GAS(Goal Attainment Scaling)
治療実習に先立ち、紀伊先生がGASについて説明された。
GASは精神保健領域で開発された評価バッテリーであり、クライアント中心のサービスを提供していくために、療法士が患者自身や家族等と共に目標設定を行うものである。患者の機能的レベルに合わせ、到達目標を設定するためボバース概念に適したバッテリーと言える。評価はマイナス2点~プラス2点の5段階で本コースの治療実習で用い、治療実習の最終日に参加者全員で効果判定を行った。
2)手の接触性オリエンテーション反応CHOR(Contactual Hand Orientating Response)
手が機能的な役割を開始するための対象物へのわずかな接触である。セラピー開始時(急性期から)考慮されるべきであり、最初に獲得されるべき手の機能である。手指伸展位での対象への接触であり、コアコントロールを補う役割がある。CHORを促通することは身体図式body schemaを改善しAPAsの発現を助ける。前庭系、網様体脊髄路が活性され、効率的なリーチと把握に繋がる。
5.デモンストレーションA(真鍋先生・紀伊先生)
1)症例紹介
34歳男性、鍼灸師。2012年3月29日に右被殻出血で発症、左片麻痺。急性期病院にて開頭血腫除去術を施行し、同年4月22日に森之宮病院へ転院。脳血管造影にて右内頚動脈閉塞、右中大脳動脈と右前大脳動脈の狭窄が認められ、もやもや病と診断される。ADLは杖歩行レベルにて自立されているが独歩も可能なレベル。
2)治療内容
第1回目(講習会1日目)
独歩にて来室。歩行では遊脚初期に麻痺側上肢の屈曲連合反応を認め、ダブルスタンスでのバランスの悪さが認められた。治療は前方に両手をついた立位にて両側をheel―offすることで広背筋の中間部と多裂筋の活性化を促すことから開始された。次に麻痺側下肢後方のステップ立位で麻痺側下肢の長さを作り、二足立位に戻り内側ハムストリングスから操作してStop Standingを誘導して坐位に展開された。
坐位では、麻痺側体幹が遠心性に働かないことによる翼状肩甲と麻痺側肩関節の内旋により肘頭が外側を向いていることが目立った。治療では足関節方略Ankle strategyの構成要素Componentsを作るために腓腹筋とヒラメ筋、腓骨筋の長さ作りが行われ、続いて足部の副運動accessory movementが促された。その後、上肢を前方にプロトラクションさせた姿勢でback in spaceによりコア筋群core musclesが活性化された。これらにより体幹の抗重力伸展が得られ、肘頭が真後ろに向き、リーチに効率的な上肢のアライメントalignmentとなった。
第2回目(講習会2日目)
立位・歩行時の非対称姿勢や連合反応は軽減し、歩行速度の向上が見られたものの、コア・コントロールCore controlを背景とした垂直オリエンテーションが作れずにいた。治療ではまず、アダプターテーブルを使用し、二足立位Bipedal Standingの中でCHORを作り、姿勢コントロールを伴いながらつま先立ちを行った。
その後、ストップ・スタンディングStop Standing、端坐位、長座位、背臥位への姿勢変換の中でコア・コントロールを伴った活動的背臥位Active Supineへと展開された。股関節の伸展を促すよう大腿末梢部にタオルを入れて姿勢を安定させた上で、左股関節の外転装置と骨盤の選択的な動きを促通した。更にロールタオルを使用し、持続的に腹部グラビセプターを刺激し、コア筋群を活性化した。その後、姿勢コントロールを行いながらOverhead reachを行い、上肢の選択的運動Selective movementを引き出した。コア・コントロールが失われないように長坐位、立位、歩行へと姿勢変換posture to postureされた。歩行では、垂直方向へのオリエンテーションが可能になってきており、ダブルスタンス時のバランスが改善されたことで、左上肢の連合反応は減弱した。
第3回目(講習会3日目)
前日からのキャリーオーバーの評価としては、歩行時の左肘および手指に出現していた屈曲連合反応が減弱し、立位で左上肢をCHORして、立位で靴の脱衣が楽に行えるようになった。腕の重みや頭頸部コントロールは改善してきているものの、大小菱形筋・前鋸筋の働きが不十分であり、胸郭肩甲関節の動きがみられない状態であった。左上肢は連合反応の影響で把握時に握り込みが強くなり、長掌筋の緊張が高く、CHORでは手掌面に隙間ができていた。
紀伊先生の治療介入では、坐位にて、胸筋群のコントロールPectralis controlにて大胸筋と小胸筋の遠心性収縮を促した。支持基底面BOSを変化させながら大胸筋に動く感覚を入力し、体幹を安定した状態で外転要素である中殿筋の活性化を促した。結果、骨盤後傾や肩甲骨のプロトラクトラクションがしやすくなり、リーチへと治療が段階付けられた。
坐位にて、左上肢を座面に接触させ、肩関節の外旋とCHORを強調した。上腕三頭筋の収縮を促し、肘関節伸展と母指外転を持続した状態で、プロトラクションに対する抵抗感を入力した。前腕の回外を促すことで、背外側皮質脊髄路が賦活され、尺側の安定性が高まり母指の外転・伸展が促通された。更に三角筋の後部繊維と上腕三頭筋が活性化されたことで、前鋸筋の協調的筋活動が出現するようになった。また、筋の遠心性収縮を伴い腕が長くなるような感覚を入力し、且つ抵抗をかけることで、手指の分離運動digitisationが向上した。
坐位にて、手指でボールペンを転がす活動を行った。4野にたくさん酸素を使用すると疲労に繋がるので、3分位までとした。また、タオルに手指をこすり合わせることでパチニなどの感覚受容器を発火させた。
最後に、24時間コンセプトの一貫として自主練習が指導された。内容としてはタオルに触れた感覚をイメージしながらベッド面を後ろから前へとこするという課題であり、その中で自己管理が促された。
最終的な結果としては、両手でお盆を持って歩行することが可能となり、左上肢で下方の床にあるペンをつまみあげることも可能となった。また、台の上に左上肢をon elbowの状態で乗せることで上着を切る動作も可能となり、その姿勢であれば麻痺側手でペットボトルを機能的に保持して、右手でキャップを開閉することもできるようになった。
6.デモンストレーションB(紀伊先生)
1)症例紹介
45歳女性、専業主婦。2012年2月20日に右被殻出血を発症、左片麻痺。ADLは車椅子レベルで自立されているが独歩も可能で、左上肢・手は補助手レベルでのADL参加が可能なレベル。感覚は表在・深部ともに非麻痺側と大差なく、良好であった。
2)治療内容
第1回目(講習会4日目)
車椅子にて来室、部屋内は独歩にて移動。「屋外を安定して歩きたい。」「両手で料理がしたい。」がニーズ。後方ステップでの評価では、大殿筋やハムストリングス、大腿四頭筋の姿勢筋緊張にほとんど左右差はなく、足部周囲の安定性stabilityも良好。しかし、股関節外転の構成要素の筋には萎縮と弱化weaknessが認められ、支持基底面からの抗重力伸展活動の情報が上方へと中継できていない。遠位部の運動性、感覚は良好。
まずは僧帽筋上部繊維に過剰な筋活動が起こらないようにしながら肩甲上腕関節に内外旋の動きを入れ、三角筋を形作るshaping。次に肘の選択的な動きSegmental movementの感覚を入力し、前腕の回内外と協調させる。そのまま体幹側方にCHORを作り、安定性の情報とし、その姿勢から両側性に肩甲骨安定性が作られた。
次に、麻痺側坐骨への重心移動weight transferの中で麻痺側股関節周囲の外転装置を活性化し、麻痺側での十分な支持基底面の情報を入力する。麻痺側で支持基底面を持続的に感じてもらいながら、指腹面でベッド面をワイピングしてもらい、肩甲上腕関節の内外旋の運動と手内在筋の活性化を促した。次に、棘突起より胸椎の伸展を促しながら肩甲骨の可動性を引き出し、支持基底面との感覚情報のやり取りの中で抗重力伸展活動が促通された。更に、肩甲帯の交互性の安定性reciprocal stabilityを作るために胸椎の回旋と肩甲骨の可動性を協調させ、上部体幹の運動性mobilityとそれに伴う下部体幹の安定性stabilityを活性化する。また、徐々に両側ともoverhead reachへと段階付け、よりコア・コントロールが促された。
坐骨結節に対し大腿骨を中間位に保ったアライメントの中で足部と下腿のアライメントが整えられた。次に、肩甲骨セットを作りながら立ち上がりを繰り返す中で骨盤の前傾-後傾と体幹の抗重力伸展を協調させ、上方伸展方向へのオリエンテーションが促された。徐々にセラピストによるハンドリングをなくしていく段階付け、立位場面へと治療が展開された。
立位では麻痺側の足底でボールペンを転がす活動の中で、より麻痺側の足が意識付けられた。最後に、ノルディック杖を両手で持ち、なるべく遠くにつくよう指示を出しながら長い上肢を意識させ、そのまま上肢で床を押して前方への推進力を作るノルディック歩行が誘導された。この時、母指外転位で杖を操作することで上腕三頭筋の内側頭が求心性に安定する感覚を促し、肩甲骨安定性が常に維持されていた。
第2回目(講習会5日目)
高坐位から治療が開始された。昨日と同様、麻痺側股関節周囲の外転構成要素を活性化し、そこから内側広筋を活性化して膝の選択運動Segmental movementsが促された。次に、僧帽筋上部繊維に過剰な筋活動が起こらないように肩甲骨セットが作られ、滞空反応Placing responseの中でoverhead reachが誘導された。この時、常に麻痺側坐骨の支持基底面から抗重力伸展活動が持続し、大腿四頭筋が活性化していることが確認できた。
次に、前腕と手関節の協調的な動きからCHORが作られ、そこから手関節の滞空反応の中で手指の伸展が促通された。その状態で杖を掴む、前方に押出す活動が行われ、掴む際には母指外転での手の構えpre-shapeが、押し出す際には肘の選択運動selective movementsが引き出された。手背からの体性感覚刺激で更に、手指の伸展が促され、その後タオルを握り、そのまま両手で首にかけて両側で引き合う活動が行われた。ここでは持続性durationや強度intensityが有効に段階づけられていた。
ここからは調理場面を想定した立位の中で治療が行われた。まず、両手でボールを持ったまま立ち上がり、「エステゼリーの入った袋を開ける」、「お椀に粉を入れる」「麻痺手でそのお椀を持ち、粉をボールに移す」「麻痺手でボールを持って混ぜる」「左手で食器を持って拭く」といった動作が順次行われた。エステゼリーとは水分を入れることによってゼリー状態になるもので、その水分量によって抵抗感が調節できる。活動はほぼ随意的に行われ、紀伊先生は近位ハムストリングスと外転装置のところから立位の安定性が持続するよう促していた。全てが両手動作で行われることで、感覚情報のやり取りが行われ、本人の達成感も非常に大きかった。
最終的に、立位では足底からの支持基底面を上方に伝えるための麻痺側股関節周囲の活動性や三角筋、手関節の安定性が不十分であり、持久性に欠けたが、道具操作の中でフィードバック機構は働いており、失敗を起こさせずに目的活動を行うことが非常に有効であることがわかった。
7.実技練習
1)はじめに
リーチ動作を考える際、上肢だけの評価をしてはいけない。リーチとは姿勢制御postural controlである。今回、リーチの重要な要素componentsとして活動的背臥位Active Supine、コア・コントロール、CHOR(contactual hand orientating response)の実技指導が行われた。
2)リーチの評価ポイント
リーチの評価では、姿勢コントロールを含め全身の評価から、より弱い側Weakness sideを見極めることと、その理由を評価することが重要である。弱化Weaknessは屈曲傾向の関節周囲、つまり抗重力伸展活動の乏しい箇所に多く存在する。そのため、屈曲傾向の強い関節を探すことも評価の視点となる。
姿勢の評価では、支持基底面に近い関節からアライメントAlignmentの評価を行い、それより上方の部位への影響を評価する必要がある。
リーチでは、手の移動の軌跡が一直線であることStraight line pathwayで、より効率性が増す。直線Straight line pathwayでのリーチかどうかという評価では、運動の開始にエラーが起こっていないかどうかを評価することが重要である。対象物targetに対し、各関節がひとつひとつ方向付けorientationしているかがポイントであり、特に肘頭の向きは指標となりやすい(肘頭が外側を向いていると、肩関節は内旋していることになり、リーチが直線経路SLP(Straight line pathway)にならない。
3)活動的背臥位Active Supine
目的指向task orientationを考慮し、非対称なストップスタンディングAsymmetry stop standing(diagonal stop standing)を誘導する。股関節屈曲や腰椎過伸展による大腿部の挙上Lift upが起こらないようにしながら膝関節伸展し、前脛骨筋の長さと小趾外転筋の活性化を図る(図2.図3)。支持側の股関節周囲の安定性を持続させたまま足関節の外反・背屈から下肢をベッドに乗せる(図4)。安定性の限界Stability limitを確認しながら、肘や頭頚部をキィポイントに活動的背臥位Active Supineへと誘導し、コア・コントロールCore controlを持続させる(図5)。
4)端坐位でのCHORおよびコア・コントロールCore controlの促通
立位からStop standingで抗重力伸展方向への安定性Stabilityを維持したまま端坐位となる。より弱化している側Weakness sideから前方のアダプターテーブルに両手をつく。この時、肩甲骨セットを伴う直線経路SLPでのリーチを誘導し、尺側から安定性を作り、接触させる。その後、手指伸展位で前腕を回内させ、CHORを作る。
中枢部キィポイントCentral key pointから質量中心COM(center of mass)が下がらないように、胸郭を後方へと誘導する:Back in space(図6)。次に、支持基底面を意識しながら抗重力伸展がおこるように胸郭を前上方に誘導し、結果的にCOMが高くなるようにする(図7)。この操作により、骨盤前後傾の選択的可動性Selective mobilityが促され、コア・コントロールが活性化する。この時、肩甲骨のプロトラクションと肩甲骨セットも促通され、体幹と下肢の連結も引き出していく。

図6

図7
5)肘関節の選択運動Selective movement of elbow
より弱化している側から前方のアダプターにリーチを誘導して、CHORを設定する。その際の注意点は4)と同様である。
その後、肘頭が真下を向くように肘関節周囲の筋アライメントを整える。この時、肘の伸展の際に上腕三頭筋の求心性収縮を屈曲の際に遠心性収縮を促し、その中で肩関節の外旋も誘導していく。段階付けとして、肘の伸展に対して抵抗をかけていくことで、より強くより長い上肢を作る。また、腕橈骨筋がより遠位の方向に活性化することも重要である(図8)。

図8
6)肘関節の選択運動Selective movement of elbow
腕橈骨筋と手根部から前腕の回内外と手関節の掌背屈を協調させ、その中でより近位部の肘関節や肩甲帯が安定性に働くように促す。
7)手の機能Hand function
前腕中間位にて尺側をテーブルにつき、母指は橈側外転位を維持する。四指はMP関節屈曲、IP関節伸展位として手背から自律的なMP関節の動きを誘導し、手内在筋を活性化させる(図9)。この時、手関節の伸展方向への安定性が活性化されていることが重要である。

図9
次に前腕回内位で母指の指腹面をテーブルに安定させ、四指はMP関節屈曲、IP関節伸展位で滑らせながら、更に選択的に手内在筋を活性化していく(図10)。この時、感覚受容器の最も多い指腹面に表在・固有感覚が十分に入力されることで、精細な運動Fine motorが発火してくる。その結果、徐々に強く、長い手となり四指を安定させて母指を動かすなど、より選択性が必要な動作への段階付けも可能となる(図11)。
把握Graspのための要素componentsが十分働いてきたら前方からファイルなど厚みのあるものを提示し、母指外転位、四指はMP関節屈曲、IP関節伸展位で把握させる(図12)。そのまま、ファイルを牽引する強さや方向で段階付けしていく(橈側方向に牽引すると、上腕三頭筋がより活性化する等)。これらの要素componentsの獲得により、より効率的な空間での上肢操作へとつながる。

図12
8.まとめ
今回の上級講習会は、テーマが肩甲骨セットと上肢のリーチであり、リーチに必要な要素Componentsに対して姿勢制御はもちろん解剖学や課題指向型練習Task orientated practiceなど、様々な視点からの指導があり、臨床に結びつきやすい、非常に充実したものであった。治療デモンストレーションでは、患者の変化が著しく、感動的であったのも印象深い。
このように非常に有意義なコースを開講していただきました紀伊先生、真鍋先生に陳謝いたします。